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好奇心をもつフェミニスト

フェミニスト安全保障研究 · 書物

好奇心をもつフェミニスト

原題The Curious Feminist

著者Cynthia Enloe

「女性はどこにいるのか、無視によって誰が利益を得るのか」を研究方法に変え、スニーカー工場、軍隊、民族主義戦争、戦後制度から世界権力を追う。

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書評と読書案内

『好奇心をもつフェミニスト』は、好奇心を性格から政治研究の方法へ変える。Cynthia Enloe は、女性はどこにいるのか、誰が真剣な政治主体とみなされるのか、彼女たちの労働・沈黙・不可視性から誰が利益を得るのか、と繰り返し問う。一見単純な問いは、国際関係論の地図を描き直す。国家、軍隊、企業、外交官だけでなく、アジアのスニーカー工場労働者、軍人の妻、セックスワーカー、娘、難民、平和運動家、末端の行政職員が、世界政治を可能にする条件として現れる。

第一部は「世界を旅するスニーカー」からグローバル化へ入る。ブランド、下請け、貿易政策は市場メカニズムとして説明されがちだが、Enloe は若い女性労働者の賃金、寮、家族の期待、管理された「従順さ」のイメージを追う。低価格は自然な競争優位ではない。企業、政府、家庭が、代替可能で低賃金かつ組織化しにくい女性労働力を共同で作ることで成立する。彼女たちを中心に置くことは既存モデルへ女性の例を足すことではなく、資本、開発、供給網の権力についての説明を変える。

「戦争は決して向こう側だけで起きない」が第二の軸である。ナショナリズムは男性の保護者と女性の被害者を作り、政府は特定の男性性を動員して兵士を募り、大統領の権威を演出し、勇気と裏切りを区別する。同時に軍隊は、基地周辺のサービス、家族の感情、日々のケア、正当性を女性に依存する。軍事化とは兵員数の増加だけではない。武力、服従、犠牲、「強さ」が正常に見えるよう、社会関係が編成し直される過程である。

戦後政治の分析は特に重要である。停戦はジェンダー秩序の正常化と誤認されやすい。ベトナム、アフガニスタン、イラクをめぐる議論は、復員が女性を戦時雇用から家庭へ戻し、新しい治安組織が男性のネットワークを再生し、国際援助が女性を心的外傷の被害者へ単純化することを示す。真の非軍事化は、予算、土地、雇用、司法、家庭内暴力がどう変わるかを問い、平和構築に参加する女性が会議写真だけでなく制度的権限を得たかを検証しなければならない。

Enloe の「好奇心を保つ」姿勢は、学問的傲慢への批判でもある。衣服、結婚、噂、消費、感情、家庭の配置といった些末とされる事柄に、権力は効果的に隠れる。公式文書だけを読む研究者は、制度を維持するジェンダー化された労働を背景へ追いやる。彼女はフェミニストにも驚きを許すよう求める。調査がいつも既知の信念を証明するなら、対象の声を聞いていない可能性がある。好奇心は認識論的な道具であり、自らの特権と見落としに責任を負う倫理でもある。

2004 年刊行の論集には、米国主導のグローバル化とアフガニスタン・イラク戦争初期の時代性が刻まれている。多くの分析はいまも鋭いが、「女性/男性」を中心とする構成は、その後のクィア、トランス、ノンバイナリーの安全保障研究と併読すべきである。米国帝国の中心から周縁の女性を探す方法には、脱植民地論による立場性と代弁への問いも必要だ。事例を通じて問題発見を教える本であり、完全な政治経済理論や各紛争の網羅的歴史ではない。

FemRes にとって最も持続的な貢献は、持ち運べる問いの手順である。外交協定、企業、戦争、復興計画に出会ったら、自然視される妻、労働者、母、被害者、男らしさを列挙し、誰がそれを支える労働をし、誰が安全を得て、誰が意思決定から排除されるかを追う。フェミニストの好奇心は、世界政治に女性を追加する作業ではない。ジェンダー化された日常が見えない限り、世界政治そのものが説明されていないことを証明する。

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