
女性文学 · 書物
誓願
原題The Testaments
世界中を震撼させた『侍女の物語』から15年。ギレアデ共和国の崩壊を巡り、立場の異なる三人の女性たちの視点から語られる、驚愕の続編。抑圧された体制の内部から、いかにして抵抗の火が灯り、絶対的な権力が瓦解していくのかを描き出す。
書評と読書案内
2019年に出版されたマーガレット・アトウッドの『誓願(The Testaments)』は、ディストピア文学の金字塔『侍女の物語(The Handmaid’s Tale)』から実社会で実に34年の歳月を経て発表された、世界中が待ち望んだ驚愕の続編である。物語の舞台となるのは、前作から約15年後のギレアデ共和国。権威主義的で女性を徹底的に抑圧するこの神権政治体制が、その内側と外側からいかにして崩壊に向かっていくのかが、立場の異なる三人の女性の視点を通じて描かれる。本作は、前作の静謐な絶望とは対照的に、よりスリリングな政治サスペンスの要素を纏いつつ、権力、抵抗、そして「選択」というフェミニズムの核心的なテーマを深く掘り下げている。
著者のマーガレット・アトウッドは、現代カナダを代表する作家であり、環境、ジェンダー、そして権力の腐敗に対する最も鋭い観察者の一人である。彼女は長年「この小説の中に書かれたことは、かつて世界のどこかで実際に起きたことばかりだ」と語っており、本作においても、現代社会が抱える監視、宗教的過激主義、人権侵害といったリスクを鏡のように映し出している。彼女の文体は、冷徹なまでの洞察力を保ちながらも、個々の女性の肉声が生む切迫感と、時折混じる辛辣なユーモアを絶妙に調和させている。
本作の最大の魅力は、前作で恐怖の象徴であった「リディアおば」が、主要な語り手の一人として登場し、その内面が解剖される点にある。彼女がギレアデの創設に参加した際の凄惨な経験、そして体制の中でいかにして自身の地位を固め、同時にその牙城を崩すための長年にわたる策略(誓願)を練ってきたかが明かされる。リディアおばというキャラクターは、純粋な悪でも犠牲者でもなく、極限状況下で生き残るために怪物になることを選んだ、極めて複雑で人間的な存在として描かれている。これは、システムの一部となることが、いかに人の心を蝕み、同時にその内側からシステムを破壊するための武器となり得るかという、権力論の深淵を示している。
他の二人の語り手は、ギレアデの最高幹部の娘として厳格な規範の中で育ったアグネスと、ギレアデの外側であるカナダで自由な少女時代を過ごしていたデニズ(ニコル)である。この二人の若い女性の対照的な運命は、教育、情報の遮断、そして身体への管理がいかにして個人のアイデンティティを形成、あるいは抑圧するかを鮮明に映し出す。彼女たちが真実を知り、それぞれの立場で行動を起こし始めるプロセスは、まさに「目覚め」と「抵抗」の物語であり、次世代が旧世代の構築した不条理な世界をいかに塗り替えていくかという希望を指し示している。
フェミニズムの観点から見れば、『誓願』は、女性同士の連帯(シスターフッド)が、いかにして不可能な状況を突破するかを証明している。リディアおば、アグネス、デニズ。年齢も立場も経験も異なる彼女たちが、一つの目的に向かって協力し合うとき、ギレアデという鉄壁の要塞に亀裂が入る。アトウッドは、女性がいかにして組織的に分断され、互いに監視し合うよう仕向けられているかを批判しつつも、その分断を越えて結ばれる繋がりの持つ圧倒的な力を称賛している。
また本書は、「身体の自律性」をめぐる権利がいかに壊れやすく、かつ重要であるかを再確認させる。ギレアデにおける「侍女」や「妻」としての役割の強制、そして望まぬ結婚の強要。これらはアトウッドによって、女性の身体を国家の「資源」として奪い取る行為として描かれている。三人の女性たちがそれぞれの方法で自らの身体と人生の主導権を取り戻そうとする闘いは、現代において進行している身体の権利をめぐる法的な、あるいは政治的な闘争に対する強力な援護射撃ともなっている。
『誓願』における歴史的な文脈の扱いは、アーカイブや「公式記録」の信頼性を問うている。前作同様、物語の最後には未来の学者たちによる「ギレアデ研究」のシンポジウムの記録が添えられている。この演出は、現在進行形の苦しみがいかにして「歴史の断片」として抽象化され、消費されていくかという現実を読者に突きつける。しかし、三人の「誓願(証言)」という生身の記録こそが、冷酷なマクロヒストリーの中には収まりきらない、個人の尊厳の叫びであり、真実の重みなのである。
メンタルヘルスの側面からは、ディストピア的世界における、恐怖、洗脳、そしてトラウマといかに向き合うかというテーマが読み取れる。アグネスが自らの置かれた環境の異常性に気づき、そこから精神的に自立していくプロセスは、カルトや閉鎖的なシステムから抜け出すためのセラピー的なプロセスとも重なる。また、リディアおばの孤独な内面の対話は、自分の良心を押し殺して生きることの代償と、それでも失われない人間としての最小限の希望についての深い省察となっている。
出版後、本作は書評家から絶賛され、マーガレット・アトウッドに二度目のブッカー賞をもたらした。カナダ、アメリカ、そして世界中の読者は、トランプ政権下での女性の権利の後退や不穏な世界情勢を背景に、本作を「今、まさに必要とされる警告の書」として迎えた。抗議デモの現場で見られる「侍女の衣装」は、今や本作のメッセージがフィクションの枠を超え、現実の女性たちの闘いの象徴となったことを物語っている。
アトウッドは本作を通じて、どのような強固な独裁体制であっても、その内部には必ず綻びがあり、真実の声は消し去ることはできないという教訓を私たちに与えている。リディアおばが残した秘密の文書は、沈黙を強いる力に対する最高の意趣返しである。情報こそが武器であり、物語を語り継ぐことこそが、未来を救う唯一の手段であることを、彼女の計画(プロット)は証明している。
結論として、マーガレット・アトウッドの『誓願』は、現代の女性文学、そして抵抗の文学における至高の一冊である。それは読者に、絶望の中にあっても知略を尽くし、連帯を信じることの価値を教えてくれる。三人の女性たちの「誓願」というリレーは、ギレアデという影を払い、再び光のさす世界へと私たちを導いてくれる。この物語を読み終えたとき、私たちの手元に残るのは、単なる架空の国の崩壊の記録ではなく、自分たちの自由を守るために、いつ、いかにして立ち上がるべきかという、切実な勇気の種である。
アトウッドは物語の最後に、希望の灯を小さく、しかし決して消えることのない形で灯している。国家の嘘が暴かれ、家族が再会し、女性たちが自分自身の名前と人生を完全に取り戻す瞬間。そのカタルシスは、前作の宙吊りのラストに苦しんだ多くの読者にとっての救いであると同時に、私たちの生きるこの現実世界においても、正義は長い時間をかけてでも必ず成し遂げられるのだという、力強い信頼の表明なのである。
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