女性の権利 · 論考
『女性および女性市民の権利宣言』――普遍的権利からの排除を可視化する
オランプ・ド・グージュは1791年、革命期の権利文書を書き換え、女性が市民権、公的発言、法的平等から排除される理由を問う。本稿は文書の形式と歴史的限界を読む。
記事解析
オランプ・ド・グージュの『女性および女性市民の権利宣言』は1791年9月5日に発表されました。1789年の『人間および市民の権利宣言』の構成を反転させ、革命が権利を普遍的な人間のものと唱える一方、政治実践における「市民」はなぜ主として男性を指すのかと問い返します。グージュは議論の外から抽象的に包摂を求めるのではなく、革命が作り上げた法の文体を借り、その排除を見えるものにします。前文、十七条、結語を通じて、自然で不可侵とされる権利は女性にも適用されるのかを問います。
これは中立的な空欄に「女性」を挿入するだけの作業ではありません。第一条は女性を男性と並ぶ自由で権利平等な人として位置づけ、第六条は女性がなぜ法律の形成に参加できず、公職にも平等に就けないのかを問います。第十条は権利とその代償を並置します。女性が意見を理由に断頭台へ送られうるなら、演壇で発言する権利も持つべきだというのです。第十一条は公的発言から親子関係へ焦点を移し、母であることや子の身分を公に認める際、女性が男性とは異なる法的危険にさらされることを示します。政治的代表、表現、財産、課税、家族法を結びつけ、私生活とされる領域も市民制度の外ではないと明らかにします。
文書の強みは、女性の排除を、女性が政治に参加する準備ができていない証拠ではなく、革命原理の内部矛盾として提示する点です。第十三条から第十五条では公的負担と権力を問い直します。税を負担し、社会的な労働を担うなら、公職を求め、規則づくりに参加し、政府に責任を問う権利もあるのではないか。ただし、これは革命期の論争に介入する政治的著作であって、採択された憲法や完結した制度案ではありません。当時の市民権と財産の言葉を用い、革命期フランスの階級、植民地、人種の秩序のなかにとどまっています。女性間の差をすでに解決した普遍的綱領として扱うべきではありません。フランスと植民地の研究も、ジェンダー平等の議論を人種化された市民権の境界から切り離せないことを示しています。
内容と同じくらい形式にも注目できます。よく知られた権利文書を書き換えることは、「普遍」を誰が定義し、誰がその定義から除外されているのかを読者に問い返します。メアリ・ウルストンクラフトの1792年『女性の権利の擁護』と並べると、理性、市民権、教育からの女性の排除をともに批判しながら、議論の方法と政治状況が異なることも見えます。ソル・フアナの返書と読むと、平等な権利を語る公的言語がまだ存在しない時代に、宗教的権威の内側で知的な場を求める別の戦略が浮かびます。
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