
フェミニスト理論 · 書物
バックラッシュ――アメリカ女性に対する宣戦布告なき戦争
原題Backlash: The Undeclared War Against American Women
スーザン・ファルーディは、1980年代のメディアが結婚・出産・仕事をめぐる不確かな言説を、フェミニズムが女性を不幸にした証拠へ変える過程を追う。
書評と読書案内
スーザン・ファルーディの『バックラッシュ――アメリカ女性に対する宣戦布告なき戦争』は、1980年代のアメリカで、メディアがどのように「フェミニズムのせいで女性は不幸になった」という物語を作り上げたのかを調査する。結婚、出産、仕事、ポップカルチャーをめぐる「時代の傾向」が権威を得ていく過程をたどり、構造的な問題が個人の選択の失敗として語り直される仕組みを問う。初版は1991年で、全米批評家協会賞のノンフィクション部門を受賞した。同年にファルーディがピューリッツァー賞を受賞したのは、『ウォール・ストリート・ジャーナル』で報じたSafewayのレバレッジド・バイアウトが労働者に与えた影響についての別の仕事であり、本書に対する賞ではない。ここに記載したISBNは、著者の新しい序文を加えた2006年刊の15周年記念版を指す。
ファルーディの方法は、もっともらしい「傾向」を、根拠となるデータ、機関、報道の経路へとさかのぼって検証する調査報道にある。問われるのは個々の記事の誤りだけではない。同じ話がニュース、広告、映画、テレビ、政治の言葉で反復されると、既存の社会秩序は常識のように見え始める。女性が平等を求めた結果、孤独になり、不妊になり、疲れ果てたのだと説明されれば、労働条件、ケアの分担、公共的支援の不足は視界から退き、女性自身が選択を引き戻すべきだという処方箋が前景化する。したがって「バックラッシュ」は単なる意識の反動ではなく、社会的な責任を個人に押し戻す過程でもある。
「男性不足」をめぐる結婚統計は、この仕組みを具体的に示す。Molly Fischer が2022年の『New Yorker』の記事でたどったファルーディの調査によれば、1986年には、大学教育を受けた30歳未婚女性が生涯結婚できる可能性は20%しかないという数字が広く流通し、40歳女性は「夫を見つけるよりテロに遭う可能性が高い」という話まで研究結果のように扱われた。ファルーディが追跡すると、前者は未完成で未公刊の研究に基づき、不正確な前提と代表性のないデータを含んでいた。後者には研究上の根拠がなかった。国勢調査局の人口統計学者 Jeanne Moorman は仮定上の30歳女性の結婚確率を約60%と見積もり直した。暫定的な数字が見出しになると、現代女性の人生を判定する物語に変わる一方、訂正は最初の警告ほど広く届かない。
『危険な情事』(Fatal Attraction)の分析は、統計的な神話と大衆文化の循環を扱う。Fischer が紹介するファルーディの取材によれば、映画のもとになった短編は、見知らぬ女性を傷つけた責任に直面する既婚男性を描いていた。プロデューサーの Sherry Lansing は当初その女性に共感したと語ったが、その後の制作では彼女がより捕食的な人物として描かれた。公開後には、自立した女性を危険視する映画のイメージが、作品自身も流通に加わった社会的不安の裏づけとして使われうる。ここでのフェミニスト批評は、映画に単一の政治的意味を押しつけることではない。誰の内面が理解可能なものとして描かれ、誰の怒りが病理化され、誰の恐怖が正当とされるのか、そしてその表象が社会の「現実」を説明する材料として再利用される仕組みを問う。
本書はこうした文化的な物語を、仕事、ケア、生殖をめぐる政治にも接続する。「仕事の燃え尽き」や「不妊の流行」という言説は、不安定な雇用、保育の不足、家事労働の不均衡、身体の自己決定を制限する政策を、女性のキャリア選択が招いた個人的な代償へと置き換えやすい。終盤では生殖の権利と政治運動に焦点が移り、「宣戦布告なき戦争」が物質的な帰結を持つことが明らかになる。表象だけで政策の結果を説明できるということではなく、文化的な物語が公共サービスの縮小、働き方、生殖の管理を当然のものとして受け入れさせうる点が重要だ。
この本の調査の強さと限界は、焦点の置き方に結びついている。Fischer は、ファルーディが主に白人・中産階級・異性愛者の女性を公共的な読者像として扱い、右派が黒人女性を特にどのように非難したかについては限られた紙幅しか割いていないと指摘する。したがって、本書は1980年代の反フェミニズムを経験したすべての女性を代表するものではない。歴史の時間をめぐる理論的な問いもある。Victoria Browne は後年の『Hypatia』論文で、社会変化を段階的な前進として描く理想と、フェミニズム史を反復するバックラッシュとして描く構図の緊張を論じた。反復を毎回「後退」とだけ捉えるなら、不均等な変化、新たな戦術、抵抗の創造性を見落とさないか。この批判は本書の個別の調査を否定するものではなく、その枠組みをどう使うかという問いである。
『バックラッシュ』は、現代の反女性主義をそのまま説明する万能の公式というより、メディアの「傾向」を検証する方法として読むと力を発揮する。誰がその傾向を作ったのか。データはどこから来たのか。どのように反復され、誰の生活を規律化し、どんな構造的な別案を想像しにくくするのか。米国以外や別の時代に応用するなら、その土地の資料と歴史を改めて調べる必要があり、1980年代アメリカの結論を直接移植してはならない。版とISBNは出版社の書誌、ファルーディのピューリッツァー受賞対象は公式記録で確認できる。さらに、Molly Fischer の2022年の回顧、バックラッシュと歴史時間を論じた Victoria Browne のHypatia 論文抄録、および「バックラッシュ」という概念の後年の用法を扱う Ann Braithwaite の論文が、本書の証拠と概念的な影響を異なる角度から考える手がかりになる。
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