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4 luni, 3 săptămâni și 2 zile

中絶の権利 · 映画

4 luni, 3 săptămâni și 2 zile

1987年、チャウシェスク独裁政権下のルーマニア。女子大生のオティリアは、予期せぬ妊娠をした親友ガビツァの違法中絶を助けるために奔走する。カンヌ映画祭パルムドールを受賞した本作は、国家による身体管理と、その抑圧下で生きる女性たちの連帯と絶望を、極限のリアリズムで描き出した衝撃の傑作です。

監督
クリスティアン・ムンジウ
2007
地域
ルーマニア
上映時間
113分

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クリスティアン・ムンジウ監督の『4ヶ月、3週と2日』(2007年)は、歴史ドラマの枠を超え、全体主義と女性の身体的自律性が暴力的に交差する様を冷徹かつ精密に記録した、映画史に残る重要文献です。1987年、ニコライ・チャウシェスク政権末期の暗澹たるルーマニアを舞台に、女子大生のオティリア(アナマリア・マリンカ)が、違法中絶を望むルームメイトのガビツァ(ローラ・ヴァシリウ)を助けるために過酷な24時間を奔走する姿を描いています。この物語の背後には、1966年に制定された「法令770号」という歴史的重圧があります。人口爆発を強制的に操作しようとしたこの布告は、中絶と避妊を完全に犯罪化し、女性の胎内を「国家の資産」であると宣言しました。国家が市民の肉体を実質的に国有化し、最もプライベートな生物学的プロセスを政治的監視と取り締まりの対象へと変貌させたのです。

本作の圧倒的な力は、長回しのショット、自然主義的な音響、そして劇伴の完全な排除という「容赦ないリアリズム」に根ざしています。ムンジウ監督はカメラを単なる観察者ではなく、あらゆる取引が腐敗と恐怖に汚染された社会において、女性が強いられる深淵な精神的・肉体的重労働の目撃者として機能させています。闇の中絶医ベベ(ヴラド・イヴァノフ)は、法律が弱者を切り捨てた時に繁殖する「地下の捕食者」の恐るべき典型です。彼は金銭だけでなく、女性への組織的な侮辱と性的服従を要求します。この描写は、選択権を否定する国家がいかにして法の真空地帯を生み出し、基本的人権が野蛮な厭女主義(ミソジニー)によって空洞化されていくかを赤裸々に暴き出しています。

映画の中でも特に重要な、静止したカメラによる長いカット——友人たちの誕生会に閉じ込められたオティリアが、ホテルで一人苦しむガビツァを想いながら沈黙する場面——は、独裁政権を支える「父権的な無関心」への痛烈な批判として機能します。ボーイフレンドの中産階級の家族による空虚で家父長的なお喋りに囲まれ、声なき不安を滾らせるオティリアの姿は、独裁下の女性経験の縮図です。彼女は肉体的にはそこに存在しながらも、精神的には完全に疎外されており、周囲の男たちには想像も及ばない死活的な秘密を背負っています。この場面は、フェミニズムの闘争における「ケア労働者」としての孤立を浮き彫りにします。物流、資金、そして心理的な重荷のすべてを一手に引き受けるオティリアの姿は、単なる友情を超えた、自律性に宣戦布告された世界で生き延びるための冷徹な連帯のあり方を体現しています。

結局のところ、『4ヶ月、3週と2日』は単なる中絶についての映画ではありません。それは自由の解剖学であり、自由が欠如したときに支払われる壊滅的な代償についての探求です。タイトルの「4ヶ月、3週と2日」という臨床的な時間の刻みそのものが、妊娠から感傷性を剥ぎ取り、国家の管理装置とのレースにおける「期限」へと変貌させます。石鹸やタバコの物々交換、敵意に満ちたホテルのロビーでの立ち回り、そして胎児の遺体の処理といった細部(ミニュチュア)に焦点を当てることで、ムンジウは生殖に関する選択の議論を、抽象的な道徳論から生々しい物質的現実へと引き戻し、再び個人の震える手の中へと取り戻したのです。映画は砕かれた沈黙の中で幕を閉じますが、身体への制度的な介入が女性の集団的心理に刻んだ傷跡は消えることがなく、その癒しには絶え間ない警戒が必要であることを、私たちに突きつけています。

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