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何も知らない夜

南アジア・フェミニズム · 映画

何も知らない夜

原題A Night of Knowing Nothing

パヤル・カパディアは、架空の恋文、学生運動の映像、アーカイブ資料を織り合わせ、カーストによって引き裂かれた親密さと、ナショナリズムのもとで変容するインドの大学を結び付ける。

監督
Payal Kapadia
2021
地域
インド
上映時間
97 min

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『何も知らない夜』は、映画を学ぶ学生「L」が、カーストを越えた関係を家族に拒まれた恋人へ送る手紙を軸にする。パヤル・カパディアは、この親密なフィクションを、キャンパスの日常、デモ、警察暴力、ダンス、疲れ切った会話のざらついた映像に重ねる。伝統的なドキュメンタリーでも私的な恋愛劇でもない、政治史が欲望の内部へ入り込む過程を考える映像エッセイである。

大学は単なる舞台ではなく、意味を奪い合う公共制度として映る。学生たちは学費、カースト差別、芸術の自由、ヒンドゥー・ナショナリズムに沿う人事を議論し、国家は異議申し立てを「反国家的」と名指す。カパディアは運動記録映画の整然とした年表を拒む。記憶は不規則に浮かび、スローガンと迷いが併存し、集団行動は待つこと、友情、恐怖、その場に留まり続ける日常的な労働として立ち現れる。

フェミニストの視点から見れば、ここで恋愛は政治の単なる比喩ではない。族内婚はカーストを再生産する仕組みの一つであり、家族はとりわけ女性や若者の親密な選択を統制することでそれを維持する。同時に、不在の男性へ語りかける女性の声は、受動的な憧れにとどまらない。公的な物語が切り離そうとする断片を記録し、解釈し、結び直すことで、別のアーカイブを築いていく。

映像の美しさが敗北を夢のように見せる危うさはあるが、その不透明さは、政治芸術が外部の観客へ背景をすべて説明すべきだという要求にも抗う。運動が敗れ、関係が壊れ、確かな結論を持たない映像だけが残るとき、何を引き継げるのか。FemResにとって本作は、私的な悲しみと集団的な闘争を、どちらか一方へ回収せず同時に保存する女性主義的な記憶の方法を示している。

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