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The Substance

メディア表象批判 · 映画

The Substance

コラリー・ファルジュ監督が放つ、現代女性の身体政治を過激なボディ・ホラーで解剖した衝撃作。年齢差別によって居場所を失ったフィットネス・アイコンが、謎の薬品によって「より若く、より完璧な」自分を産み落とす。カンヌ国際映画祭脚本賞を受賞した本作は、極限の美学を通じて、ルッキズム、エイジズム、そして女性の自己嫌悪という現代の病理を痛烈に告発する。

監督
コラリー・ファルジュ
2024
地域
フランス
上映時間
141分

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コラリー・ファルジュ監督による『物質(サブスタンス)』(2024年)は、加齢に伴い父権制社会が女性に強いる心理的暴力を身体的恐怖へと具現化した、極めて激進的なボディ・ホラーの傑作です。エンターテインメント業界の残酷な現実を正面から捉え、50歳の誕生日を境に、醜悪でミソジニー的なプロデューサーによって一方的に切り捨てられた伝説的フィットネス・アイコン、エリザベス・スパークル(デミ・ムーア)の姿を追います。若さこそが女性の価値であると説く文化の中で、自らの存在意義を取り戻そうと絶望するエリザベスは、闇市場の薬品「サブスタンス」に手を出し、自らの肉体から「より若く、より完璧な」分身であるスー(マーガレット・クアリー)を産み落とすことになります。ファルジュは、彩度の高いネオンカラー、コントラストの強い照明、そして生々しい特殊効果を駆使したマキシマリズム的美学を用い、内面化された女性嫌悪がいかに資本の眼差しの中で自己破壊的な競争へと変貌していくかを暴き出します。

本作の卓越した点は、資本主義的な視線の支配下における「アイデンティティの断片化」を冷徹に分析している点にあります。エリザベスとスーは本来「一つ」であるはずですが、承認に対するスーの飢餓感がエリザベスの生命力を文字通り搾取し始めることで、その危うい均衡は瞬く間に崩壊します。デミ・ムーアは、加齢を道徳的な敗北と見なすよう条件付けられた女性の脆弱さと自己嫌悪を、キャリア最高の体当たりの演技で曝け出しています。対するマーガレット・クアリー演じるスーは、空虚で商品化された「完璧な少女」という理想像を象徴しており、視覚的な成功の指標をすべて備えながらも、真の内面性を欠いた静かな商品として描かれています。この二重構造の物語は、女性がいかに社会の期待に応えるために自らの意識を分裂させ、肉体を終わりのない修正・最適化・そして交換の対象として扱うように教えられているかという深い寓話となっています。

物語が荒唐無稽で血塗られた終局へと突き進むにつれ、ファルジュは古典的な「変身(メイクオーバー)」という映画的モチーフを、肉体の腐敗と異化という文字通りの悪夢へと転換させます。最終幕に登場する異形の怪物は、エリザベスが調和させようとしたあらゆる「不可能な美の基準」が辿り着いた悲劇的な末路です。それは、完璧さを要求しながらも、誠実な生存の道を拒むシステムが生み出した最終的な代謝物なのです。『物質』は、女性の身体を「期限切れの商品」として扱う美容産業の商業論理に対する急進的な告発状です。父権制的な眼差しからの解放に必要なのは、「より完璧な自分」になることではなく、女性の自己嫌悪から利益を得る体制に抗い、自らの有機的で老いていく現実を、たとえ痛みを伴おうとも勇気を持って奪還することにあるのだと、本作は最後の一滴まで訴えかけています。 sky

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