ジェンダー役割 · 音声
睾丸をテーブルにのせて
Les Couilles sur la table
男性同士の承認から職場のハラスメントまで、男性性を支える報酬と権力を問うフランス語の対談。
リスニングノート
男性性は、個人の性格の中だけにある特徴の集まりではない。仲間からの承認と職場の権威は、ジェンダー化された権力を配分する。誰が承認され、誰が他人の境界を越えられ、それを冗談と呼べるのか。いずれも関係と制度に関わる。フランス語の対談番組『Les Couilles sur la table』は、「男とはそういうもの」という説明を、検討できる社会的過程へと開いていく。Victoire Tuaillonが創設し、Binge Audioが制作。現在の番組紹介ではNaomi TittiとTal Madestaが司会として記されており、創設者と現任司会者は区別する必要がある。
女性への接近と男性同士の承認
入口となるのは、2017年9月14日公開、約38分の最初の本編対談「男性性の危機など存在しない」である。Tuaillonは人類学者Mélanie Gourarierと、小規模なナンパ実践者集団を対象とした研究をめぐって話す。男性同士の関係、男の友情、自己統制の学習が論点になる。女性が追求の対象に見えても、実践を評価し、評判を配分する観客は別の男性たちかもしれない。
すると問い方が変わる。ある男性がある女性を好きかどうかだけでは、その関心を仲間に証明する必要を説明できない。成功は、語った経験が承認されるか、感情が期待に沿うかにも左右されうる。欲望が偽物になるのではなく、語り、比較、報酬を通じて社会的な形を得るのである。ただし、小集団研究は仕組みを見る窓であって、すべての男性の心理像ではない。
もう一つの入口は、2017年12月7日公開、約29分の「職場のハラスメント加害者は誰か」。職場での女性に対する暴力に取り組むAVFTのMarilyn Baldeckを迎え、番組紹介では関連する裁判に関わってきた経験が示される。ハラスメントを不適切な個人的接近とだけ考えると、継続的な境界侵犯を可能にする雇用関係が見えない。拒否、申立て、失職の費用を誰が負うのかという問題である。
説明しても責任は消えない
男性性が社会的に学ばれると理解することは、加害者の免責ではない。仲間からの報酬は行為の継続を説明しても、本人に選択がなかったことの証明にはならない。個人の決定、同僚の沈黙、組織の対応を一緒に考えなければ、一人を非難した後も、その人物を支えた環境が残ってしまう。
対談が提供する証拠にも範囲がある。特定集団の解釈、活動家が関わった事件、集団全体での発生率は異なる知識である。初期の回に出る数値は当時の資料の文脈に戻す必要があり、番組の更新が続いているからといって現在の統計にはならない。二つの回を比べるときには、事例から仕組みへどう議論が進むか、追加研究が必要なのはどこかに注目できる。
bell hooksの『The Will to Change』との併読は、感情の訓練と男性の権威の関係を問う。親密さを政治から切り離した自己改善にとどめないためである。さらにColette Guillauminの女性の占有をめぐる論考は、アイデンティティの表現から、時間、身体、労働を誰が支配するかへと問いを移す。方法は異なるが、男性性を単なる様式ではなく、権力配分を調べる入口にする点で接続できる。
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