女性史 · 論考
女性による最初の奴隷叙述――『メアリ・プリンスの生涯』
Sara Penn はメアリ・プリンスの1831年の証言を通じ、ジャンル分類、共同制作、アーカイブの欠落が誰を読める存在にするかを考察する。
記事解析
サラ・ペンの論考「The First Slave Narrative by a Woman: ‘The History of Mary Prince, A West Indian Slave’」は、Women’s Print History Project(WPHP)が2020年に公開した、黒人女性と廃奴運動の印刷史を扱う特集の一編である。その意義は、従来の文学史で見落とされがちな生涯を紹介するだけにない。ペンは、書物がデータベースの中でどのように読めるものになるのかを問う。作品が「政治的著作」と分類され、ある人物に帰属され、人物情報の欠落を抱えたまま記録されるとき、誰の知識が歴史に入り、記録は読者に何を見せるのだろうか。題名の「最初」は、イングランドにおける黒人女性の生涯を伝える出版史の位置づけとして読むべきで、世界各地の女性の証言に優先順位をつける主張ではない。プリンスの語りにおいて、書誌情報の整理は本文の外にある事務作業ではなく、作品が公共の記憶に入る条件の一つである。
WPHPは1831年刊の『The History of Mary Prince』を「政治的著作」として記録する。奴隷制を告発し、廃奴を訴えるために出版されたことを重視したためだ。ペンは同時に、別の問いから読めば回想録、歴史叙述、法的証言とも位置づけられると示す。それぞれの分類は読者の関心を変える。「政治的著作」は公共の議論に介入する目的を前景化し、「回想録」は当事者が語る生涯に目を向けさせ、「法的証言」は証拠や信用性、誰が証人になれるのかという権力関係を浮かび上がらせる。データベースが一つの分類だけを表示すれば、編集上の選択が作品本来の唯一の形式に見えるおそれがある。女性主義書誌学の役割は分類を完全に中立化することではなく、その根拠、限界、残る曖昧さを見えるようにすることだ。
この問題は著者を誰とするかにも関わる。初版の副題は「本人が語った」とうたうが、出版は一人が孤立してペンを執る行為ではなかった。プリンスが経験を語り、スザンナ・ストリックランドが記録して文章を整え、トマス・プリングルが編集上の枠組みを設け、証言などの付属資料を配置した。同じ巻にはアサ=アサの物語も収められている。これを介入のない逐語記録と呼べば、印刷された形を作った協力者の仕事が消える。反対に、記録・編集したのが白人廃奴運動家だからといって著者性まで彼らに移せば、プリンスから語りの権利を再び奪うことになる。ペンはWPHPの貢献者記録を通じて別の方法を示す。プリンスを自身の生涯の語り手・著者として認めながら、記録者、編集者、付属資料の仕事も名指すのである。著者であることは、すべての文字を自ら紙に書くことと同じではない。しかし口述の著者性を認めることは、編集による媒介を消し去ることでもない。
プリンスの一人称は、誰にも媒介されない透明な録音でも、編集者が創作した人物像でもない。その力は、身体、労働、家族、結婚、自由についての具体的な訴えにある。同時に、印刷された形は廃奴運動の戦略、信頼に足る証言を求める読者、資料を配列する編集者の判断によって形づくられた。丁寧に読むには、二つの問いを並べておきたい。プリンスはどの経験を公の場に届けようとしたのか。そして出版者は、イギリスの読者がその語りを信じたり疑ったりするよう、どのように材料を提示したのか。両者は関係するが、「編集されたのだから証言は疑わしい」という短絡にまとめてはならない。WPHPの分析は協働の条件を明らかにするが、それによってプリンスの経験を他人の代弁に還元する理由は生じない。
ペンは、アーカイブが記録できないことにも目を向ける。プリンスの出生年は推定で、晩年や没年を示す記録も不完全だ。論考は、この資料の乏しさを、奴隷制が人を財産として扱い、私的な生活の記録を残す主体として扱わなかったことと結びつける。欠落は研究者の想像で埋めるための空白ではなく、プリンスに判断力、人間関係、主体性がなかった証拠でもない。版、裁判記録、教会や地域のアーカイブから断片を組み立てることはできるが、推論には出典と不確実性の明示が必要だ。検索可能なデータ自体も女性主義的な問いになる。誰の名前、労働、関係が目録の項目として保存され、誰が他者の記録に一度だけ現れるのか。何が検証でき、どの沈黙は沈黙のまま残すべきなのか。
WPHPの仕事は、古い目録をデジタル画面へ移すだけではない。版と貢献者の役割を分け、著者、編集者、印刷者、書店などを記録し、その情報をどう検証したかも説明する。この方法は、デジタルアーカイブが歴史そのものではなく、検索項目、分類語、証拠の規則によって組み立てられた読書の入口だと教える。入口が著名な作家だけを見つけやすくすれば、出版、記録、流通に携わった女性の労働は見えないままになる。欠落を埋めようとして推測を確定事実に変えれば、新たな誤りも生む。女性主義的書誌学には、可視性を広げることと、不確実性を保存することの両方が求められる。
まずFemResの『The History of Mary Prince』読書ガイドを読み、次に1831年版のProject Gutenberg入口から本文と編集上の付属資料をたどってほしい。オックスフォード大学英文学部のロス・バラストによる読書ガイドは、身体が証言となることや、イングランドでの自由とアンティグアでの奴隷状態が生む矛盾を考える手がかりになる。さらに、ペンのWPHP論考とプロジェクトの方法論を併読するとよい。前者は一つの書誌記録を分析し、後者は女性主義的な印刷史データベースが何を記録するのかを説明する。二つを通じて、プリンスの語りが口述、編集、出版、分類、後世の読書を経て歴史に入り続ける過程が見えてくる。
読者の声
読者からの手紙
この記事への応答や、議論に加えるべき資料を共有してください。
ディスカッションに参加
コメントを読み込み中...
サポート
このコンテンツがお役に立ちましたら