
アフリカ・フェミニズム · 書物
アフリカ・フェミニズム――サハラ以南アフリカの生存の政治
原題African Feminism: The Politics of Survival in Sub-Saharan Africa
1997年刊の論集。アフリカ10か国の法律、労働、ケア、政治組織を通じて、「生存の政治」とアフリカ・フェミニズムの定義を考える。
書評と読書案内
グウェンドリン・ミケル編のAfrican Feminism: The Politics of Survival in Sub-Saharan Africaは、1997年刊の、アフリカ10か国における女性の生活を扱う論集だ。政治は生存の物質的条件から切り離せないという視点が全体を貫く。土地と相続、有償・無償労働、食料、医療、家族法、政治参加、国家政策がその射程に入る。「パン、バター、文化、権力」という言葉は、正式な組織や抽象理論の議論だけをフェミニズム政治とみなす狭い見方を問い直す。ペンシルベニア大学出版局は、本書をアフリカ固有の文脈に根ざす政治として紹介している(版情報と出版社の紹介)。
目次はこの問題意識を具体的なテーマへとひらく。コートジボワールとガーナの家族法・相続、当時のスワジランド(現エスワティニ)の女性労働、ザンビア都市部のジェンダーと階級、マリの定住・再定住、エチオピア農村部の女性と国家、アビジャンとケニアの草の根政治、アパルトヘイト下の地域保健、ナイジェリア北部の燃料危機、スワジランドの治療実践などだ。さらに「アフリカ経済危機下のエイズ、ジェンダー、セクシュアリティ」を扱う章もある。目次は章の対象を示すもので、各章の証拠や結論を代弁しない。それでも、法、親族、労働、健康、セクシュアリティ、政治参加が並ぶ構成は、本書を単なる「経済問題」の論集とみなせないことを示している。
本書の事例の幅と、理論的な枠組みのあいだには重要な緊張がある。ミケルの序論に沿うペンシルベニア大学出版局の紹介は、当時のアフリカ・フェミニズムを「異性愛的で、出産を奨励する」と特徴づける。これは1997年の理論的主張であって、大陸全体の女性の生活についての永続的な事実ではない。後年のオープンアクセス論文で、Peace A. Medie(ピース・A・メディ)はこの定式化を本質主義の例として批判し、異性愛や母性で女性を定義すると、その枠に収まらないアフリカの女性たちを排除しかねないと論じている(メディによる批判)。目次にはエイズ、ジェンダー、セクシュアリティを扱う章もあるが、公開資料だけでは各章がクィアな生活や性的自律をどう論じるかまでは判断できない。物質的条件への分析を評価しつつ、序論の枠を定義として採用しない読み方が必要だ。
後年のアフリカ・フェミニズム論は、この議論を閉じずに考える手がかりとなる。シンミ・アキン=アイナは、大陸のフェミニズムを複数形で捉え、異なる歴史に根ざし、内部に議論をもち、絶えず自己定義を更新する運動として描く。固定した本質より、多様な参加者と組織実践を重視する(カールトン大学アフリカ研究所公開の全文)。彼女自身も、その論文は探索的な試みであって包括的調査ではないと明記している。二つの本を並べることで、「生存」は誰が定義し、誰の労働によって支えられ、どのような自由を可能にするのかという、具体的な問いになる。本書の10か国比較も、それぞれの土地の歴史、法、階級関係、政治制度に即して読む必要がある。
本書は、政治経済を日常生活と結びつけて読む歴史的な基準点であり、アフリカ・フェミニズムの最終的な地図ではない。1997年という時代背景も重要だ。国家危機、経済再編、政治移行は編者と寄稿者が問いを立てた時点の文脈であり、今日の各国を一括して説明するものではない。新しい時代の女性たちの語りからセクシュアリティを考えるならThe Sex Lives of African Women、運動自身が掲げる原則と組織内の説明責任を読むならThe Charter of Feminist Principles for African Feministsをあわせて読める。これは補完的な読書案内で、影響関係を示すものではない。
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