
フェミニスト理論 · 書物
ブレイキング・フリー:平等の嘘と自由へのフェミニズムの闘い
原題Breaking Free: The Lie of Equality and the Feminist Fight for Freedom
文化ライターのマーシー・ビアンコは、「平等」とは女性の構造的な抑圧を永続させ、フェミニズムの可能性を制限する人種差別的で家父長制的な理想であると大胆に主張する。運動を根底から変革するための過激な提案。
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一世紀以上にわたり、女性は平等を求めて闘ってきた。しかし、その闘いは幾度となく挫折を味わってきた。憲法で保護されているはずの「平等な権利」でさえ、裁判官によって撤回され、立法者によって弱体化させられることがある。しかし、より大きな問題は、平等という概念そのものにある。文化ライターのマーシー・ビアンコは著書『ブレイキング・フリー』の中で、過激で驚くべき主張を展開している。すなわち、平等そのものが「嘘」であり、歴史的な差別や抑圧に真に対処することのできない幻想的な目標であるというのだ。さらに深刻なことに、平等の追求は一種のイデオロギー上の罠となり、女性や権利を奪われたコミュニティを、永遠に到達不可能なものの追求へと閉じ込めている。
ビアンコの出発点は、フェミニズム運動の歴史に対する深い洞察である。19世紀の女性参政権運動以来、フェミニストたちは「平等」を核心的な要求として掲げてきた。男性と同じ投票権、同じ財産権、同じ教育機会、同じ雇用権利を求めてきたのだ。女性を男性の付属物として見ていた法的・社会的構造に対して、これらの要求は当時、革命的に見えた。しかしビアンコは、この「平等」を軸とした闘いには当初から根本的な問題があったと指摘する。それは、男性的な国家を「標準」として設定し、女性の目標を男性に「追いつくこと」と定義してしまった点だ。
この思考の限界は、20世紀後半にますます顕著になった。フェミニズムの第2波は1960年代から70年代にかけて、「雇用平等機会法」や「タイトル・ナイン(教育改正法第9編)」、そして「ロー対ウェイド判決」といった大きな勝利を収めた。しかし、これらの勝利は真の解放をもたらさなかった。代わりに女性たちは、職場では「男性のように働く」ことを期待されながら、家庭では依然として主なケアの責任を負わされることになった。平等の約束は、二重の負担という現実に変わったのだ。さらに悪いことに、有色人種の女性、労働者階級の女性、クィア女性たちが、この「平等」が主に白人の中産階級、異性愛者の女性に利益をもたらしていると指摘した際、彼女たちはしばしば主流のフェミニズムから周縁化されてしまった。
ビアンコは「平等」という概念の歴史的系譜をたどり、それがいかに啓蒙主義的な合理主義やリベラルな伝統—それ自体が白人男性中心主義の産物である伝統—に根ざしているかを明らかにしている。アメリカの建国者たちが「すべての人間は平等に造られている」と宣言したとき、そこでいう「人間(men)」とは実際には財産を持つ白人男性のみを指していた。女性や奴隷にされた黒人たちはこの定義から除外されていた。その後の修正条項や立法によって平等の範囲が拡大された後でも、この概念の構造的な限界は残った。それは、中立的で普遍的な人間主体を想定しているが、現実にはその主体は常に「男性、白人、異性愛者、健常者」がデフォルト(初期設定)とされている。
本書の最も強力な主張の一つは、「平等」がいかに二元的なジェンダー・システムを強化しているかという分析である。フェミニストが「男女平等」を要求するとき、皮肉にも、ジェンダーは二つしか存在せず、その二つは根本的に異なるものであるという認識を固めてしまう。この枠組みでは、ノンバイナリー、トランスジェンダー、ジェンダー・ノンコンフォーミングな人々の経験を収容することができない。より重要なことに、ジェンダーの差異を本質化してしまい、ジェンダーそのものに挑戦することを不可能にしてしまうのだ。ビアンコは、私たちが「平等」の枠組みにとどまる限り、既存のジェンダー秩序の中での調整しかできず、ジェンダーの抑圧そのものがない世界を想像することはできないと指摘する。
またビアンコは、「平等」がより急進的な変化を抑圧するための政治的道具としていかに利用されているかを深く批判している。フェミニズム運動が、家族構造の廃止、ケア労働の再分配、資本主義による女性の身体の搾取への挑戦といったより深い要求を行うたびに、保守層は「あなたはすでに平等を手に入れた、これ以上何を望むのか」と言う。平等は「天井」となり、「理性的な」フェミニズムの要求を定義するための境界線として機能してしまう。平等を超えるあらゆる要求は「過剰」「過激」「非現実的」と見なされる。この言説は、もともと革命的なポテンシャルを持っていたフェミニズム運動を、既存体制内の改良プロジェクトへと飼い慣らして(ドメスティケートして)しまうのである。
では、平等でないならば、フェミニズムは何を追求すべきなのか?ビアンコの答えは「自由(freedom)」である。しかし彼女が語る自由とは、個人主義的なリベラルの「選択」ではなく、集団的で急進的な自由である。すなわち、家父長制的な構造の制約からの自由、新しい生き方を創造する自由、そして自分自身の身体や欲望を定義する自由である。この自由は、男性と「同じ」になることを求めるのではなく、男性の経験を模範(ノルム)とする前提そのものを拒絶することから始まる。
ビアンコは、主流のフェミニズム史が見落としてきた急進的な伝統からインスピレーションを得ている。19世紀のフリーラブ(自由恋愛)運動、20世紀初頭のアナルコ・フェミニスト、1970年代のレズビアン・セパラティストといった運動や思想家たちを再発見する。彼らは既存のシステム内での平等のために闘うことに満足せず、全く異なる社会関係のあり方を創造しようとした。彼らは結婚制度を拒否し、核家族に疑問を投げかけ、共同生活を実験し、ジェンダー規範に挑戦した。これらの実験はしばしば「非現実的」あるいは「過激」と批判されたが、ビアンコは、真に変化を推進できるのはまさにこうした急進的な想像力であると主張する。
本書の核心部分では、女性が身体的自律性と力を取り戻すための具体的な方法として、三つの「自由の実践」を提案している。第一の実践は「身体の主権(bodily sovereignty)」である。ビアンコは、女性が自らの身体を完全にコントロールできなければならないと説く。それは単なる生殖の権利にとどまらず、セクシュアリティ、外見、健康上の決定のあらゆる側面を含む。これは、家父長制、資本主義、医療システム、あるいはフェミニズム運動そのものからもたらされるあらゆる形態の身体的な規律化を拒否することを意味する。これは「私の身体は私のもの(my body, my choice)」というスローガンよりも過激な立場である。なぜなら、身体を所有可能な「財産」として見ることを拒み、主体性の根源として理解するからだ。
第二の実践は「関係性の自律(relational autonomy)」である。ビアンコはリベラル・フェミニズムが強調する「独立した個人」という考え方に挑戦し、人間は根本的に相互依存的な存在であると指摘する。真の自由とは、誰の助けも借りないことではなく、抑圧的でない支援的な関係のネットワークを自ら選択し創造できることを意味する。これには、親密な関係、家族構造、コミュニティ組織の可能性を再考することが含まれる。ビアンコは特に、ケア労働の再分配に注目しており、女性が不当に大きなケアの責任を負い続ける限り、いかなる形態の「平等」も幻想にすぎないと主張する。
第三の実践は「政治的想像力」である。ビアンコはフェミニストに対し、「現実主義」の制約から自らを解き放ち、根本的に異なる未来を想像する勇気を持つよう呼びかけている。歴史上のあらゆる大きな社会変化—奴隷制の廃止、参政権、公民権運動—は、達成される前は「不可能」だと考えられていた。ビアンコは、フェミニズム運動はこの「ユートピア的思考」を、現実逃避としてではなく、現実を変えるための前提条件として再構築しなければならないと論じている。
ビアンコは人種と階級の交差性(インターセクショナリティ)に特に注意を払っている。白人フェミニズムによる「平等」の追求が、しばしば有色人種の女性や労働者階級の女性の搾取の上に築かれてきたことを指摘する。白人の中産階級の女性が「平等」を求めて職場に進出したとき、彼女たちの子供や高齢者の世話をしたのは誰だったのか?それは多くの場合、低賃金で疎外された労働に従事する有色人種や移民の女性たちであった。真の自由とは、一部の特権階級だけでなく、すべての女性のための自由でなければならない。
現代のフェミニズム運動に対するビアンコの批判はとりわけ辛辣である。彼女は、現代フェミニズムの多くが新自由主義(ネオリベラリズム)に取り込まれ、個人の成功を説く「リーン・イン」の哲学に成り下がってしまったと論じる。女性たちは「自信を持とう」「ガラスの天井を破ろう」「ガール・ボス(女上司)になろう」と、あたかも個人のキャリアの成功がフェミニズムの勝利であるかのように奨励されている。こうしたフェミニズムは、大多数の女性が直面する構造的な障壁を無視するだけでなく、フェミニズムを資本主義の道具に変質させてしまう。ビアンコは、企業のCEOがフェミニストを自称するのはフェミニズムの勝利ではなく、フェミニズムが空洞化(中抜き)された証拠であると鋭く指摘する。
ビアンコはまた、アイデンティティ・ポリティクス(属性に基づく政治)の限界を批判している。彼女はマージナル化されたグループが発言し、可視化されることの重要性を完全に支持しているが、現代のアイデンティティ・ポリティクスはしばしば「表象(リプリゼンテーション)」の罠に陥っていると主張する。それは、誰が権力のテーブルに座るかに焦点を当てる一方で、そのテーブルそのものの正当性を問うことを忘れてしまうのだ。女性のCEO、女性の政治家、女性の将軍が増えたとしても、それらの女性たちが同じ抑圧的なシステムを維持している限り、それはより自由な社会とは言えない。真のフェミニズムとは、女性を既存の権力構造に組み入れることではなく、その構造を変革し、あるいは廃止することであるべきなのだ。
『ブレイキング・フリー』はまた、「ロー対ウェイド判決」の覆し後の政治的現実を深く考察している。ビアンコは、この破滅的な後退こそが「平等」という枠組みの脆弱性を証明していると主張する。数十年にわたり、アメリカのフェミニズム運動は中絶の権利を憲法で保障された平等な権利として見てきたが、その権利は結局、容易に撤回可能なものにすぎなかったのだ。もし当初から生殖の自律性を、交渉可能な「権利」ではなく譲ることのできない「自由」として捉えていたら、また法的な決定のみに頼るのではなく、この自由を支える社会的・経済的な構造を構築していたら、状況は違っていたかもしれない。これは過去の活動家を責めるためではなく、歴史から学び、将来の闘争に異なる戦略を提供するための省察である。
本書の最終部分は、行動への急進的な呼びかけである。ビアンコは、個人と集団がいかにして「自由のフェミニズム」を実践し始められるかについて、具体的なステップを提案している。それには、女性中心で階層のない組織を構築すること、相互扶助のネットワークとオルタナティブな経済形態を発展させること、急進的なライフスタイルを支えるコミュニティを創造すること、文化的な制作において異なる未来を想像し描くこと、日常の中でジェンダー規範や期待を拒否すること、そして最も重要なのは、共通のアイデンティティではなく、共有された反抑圧へのコミットメントに基づいて差異を越えた連帯を構築することが含まれる。
ビアンコの筆致は大胆で情熱的であり、論争を呼ぶことを恐れない。彼女は、自らの主張が特に「平等」をフェミニズムの核心的な価値と信じる人々に不快感を与えることを承知している。しかし彼女は、その不快感こそが必要なのだと信じている。フェミニズム運動が前進するためには、自明と思われる自分たちの根本的な前提そのものを問い直す意志を持たなければならない。これはフェミニズムへの裏切りではなく、その本来の目的に対する「誠実さ」である。フェミニズムとは、「抑圧者のクラブへの入場」を求めることではなく、あらゆる形態の抑圧を「廃止」することを目指すべきだからである。
『ブレイキング・フリー』は、強い反応を引き起こす本である。解放的だと感じる者もいれば、危険だと感じる者もいるだろう。しかし、読者がビアンコのすべての主張に賛同するかどうかにかかわらず、本書はその主要な任務を見事に果たしている。すなわち、フェミニズムの最も根本的な概念と目標について再考することを私たちに強いるのである。女性の権利が攻撃され続け、主流のフェミニズムがそれに対応する力をますます失っているように見えるこの時代において、ビアンコは異なる視点—より急進的で、より想像力に富み、そしておそらくより希望に満ちた視点—を提供している。
この本の力は、批判だけでなくそのビジョンにある。ビアンコは単に「平等」を解体するだけでなく、私たちのために新しい政治的可能性を開こうとしている。男性との「平等」に基づく社会ではなく、誰もが自由に成長でき、抑圧から解き放たれ、相互依存の中で繁栄できる社会を想像しようと彼女は呼びかける。このビジョンは遠く、あるいは非現実的に見えるかもしれないが、ビアンコが思い出させるように、歴史上のすべての大きな社会変化は、達成される前には不可能だと考えられていた。フェミニズムの任務は現実に適応することではなく、現実を変えることにあるのだ。
最終的に、『ブレイキング・フリー』は、フェミニズム運動に対してその急進的なポテンシャルを取り戻すよう求める、情熱的な呼びかけである。ビアンコは、フェミニズムは家父長制のチェス盤の上で駒を動かすことに満足すべきではなく、盤そのものをひっくり返すべきだと主張する。これには勇気、想像力、そして根本的な変化へのコミットメントが必要である。しかし、本当に別の世界が可能であると信じ、一部の人だけでなくすべての人のために自由と尊厳を創り出したいと真に望むなら、「平等」の鎖から抜け出し、真の自由を勇敢に追い求めるほかに道はない。本書はこの旅のためのロードマップであり、フェミニズム運動の新しい未来への、困難だが希望に満ちたガイドなのである。
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