
ラテンアメリカ・フェミニズム · 書物
ラテンアメリカ女性労働者のジェンダー化された世界
原題The Gendered Worlds of Latin American Women Workers
九つの労働史研究が、史料とオーラル・ヒストリーからラテンアメリカ女性労働者の工場生活、家族責任、組織化、ジェンダー化された市民権を描く。
書評と読書案内
『ラテンアメリカ女性労働者のジェンダー化された世界』は、20世紀前半から半ばの工場を家族、地域、国家の内部に置き直す。John D. French と Daniel James が編んだ九つの研究は、アルゼンチン、ブラジル、チリ、コロンビア、グアテマラを対象に、史料とオーラル・ヒストリーを組み合わせる。女性が賃金労働に就いても、なぜまず娘、妻、母として定義されるのか。「労働者」は中立的な主体ではなく、工業化も女性を家庭権力から単純に解放しなかった。
工場は女性の労働を必要としながら、それを一時的、非熟練、道徳的に危険だと表象した。サンパウロの女性は家庭では熟練した主婦とされ、生産ラインでは「非熟練工」に分類される。男性を真の稼ぎ手とする家族賃金の理念が低賃金を正当化した。アルゼンチンの食肉加工やメデジンの繊維産業は、女性の貞節、家族の安定、国家の近代化が企業規律と社会統制の共通語彙になったことを示す。
しかし女性たちは受動的な犠牲者としては描かれない。証言からは、作業場、寄宿生活、ダンス、街路で築かれた友情、欲望、集合的アイデンティティが現れる。賃金は制約のなかでも収入、新しい公共空間、家庭内交渉の力をもたらしえた。階級意識は工場に入れば自然に生じるものではなく、ジェンダー規範、感情生活、葛藤、相互扶助の実践を通して作られたのである。
労組と社会運動を扱う章はとくに重要だ。グアテマラ女性は男性中心の組織で孤立し、チリの銅山共同体では鉱夫の妻が家族の守護者として動員された。一方、女性は母親や地域住民という立場を使って公共資源も要求した。家庭内暴力と性的統制への注目は、工場の賃金だけを政治とし、家庭の権力を私事とする労働運動では、会議、スト、指導的地位への参加条件を説明できないことを示す。
本書は特定時期の都市工業労働に集中し、農村、家事、インフォーマル労働、先住民やアフリカ系女性への関心は均等ではない。今日のプラットフォーム労働や国際的供給網も範囲外である。しかしその欠落は、誰が労働史に入れるのかという問いを促す。本書の持続的な貢献は工場/家庭、公的/私的という偽の境界を壊し、女性労働者の市民権が賃金、名誉、ケア、暴力、組織する権利を通じて同時に作られると示した点にある。
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