
女性の権利 · 書物
インフェリア:科学はいかにして女性を誤解してきたか
原題Inferior: How Science Got Women Wrong - and the New Research That's Rewriting the Story
科学界に潜む根深いジェンダー・バイアスを暴き、女性の能力に関する「科学的」な誤解を解体する画期的な著作。生物学から心理学、人類学に至るまで、最新のデータが語る女性の本姿とは。
書評と読書案内
2017年に出版されたアンジェラ・サイニの『インフェリア:科学はいかにして女性を誤解してきたか(Inferior: How Science Got Women Wrong - and the New Research That’s Rewriting the Story)』は、科学における客観性の神話を揺るがし、女性の身体、知性、そして社会における役割をめぐる「科学的」言説の背後に潜む、根深いジェンダー・バイアスを暴き出した重要な著作である。科学ジャーナリストであるサイニは、生物学、心理学、人類学、そして神経科学といった広範な分野を横断し、いかにして科学そのものが、時には恣意的に、女性が「劣っている」という結論を導き出してきたかを、緻密な調査と明快な論理で描き出している。
アンジェラ・サイニは、BBCなどで活躍する高く評価された科学ジャーナリストであり、工学のバックグラウンドを持つ。彼女のアプローチは、科学を絶対的な真理として崇めるのではなく、科学者が生きる時代や文化の偏見から逃れられない「人間的な営み」として冷静に観察することにある。本作においてサイニは、データがどのように解釈され、どのように特定のナラティブを強化するために利用されてきたかを分析し、同時に、それらの古い偏見を覆しつつある最新の、より公正な研究を紹介している。
本書の冒頭では、チャールズ・ダーウィンから現代に至る、科学界における「女性蔑視」の歴史が語られる。進化論の父であるダーウィンでさえ、女性は知的な議論において男性には決して到達できない「劣った」存在であると信じていた。サイニは、こうした偉大な科学者たちの個人的な偏見がいかにして学問的な定説へと姿を変え、その後の世代の科学者たち、特に男性中心の学会において、いかに無批判に受け継がれてきたかを指摘している。科学は単なる数字の積み上げではなく、どのような問いを立てるかという段階から、すでにジェンダーの力学が働いているのである。
サイニは、よく議論の対象となる「男女の脳の差異」についても、神経科学の最新知見を用いて切り込んでいる。長年、男性の脳はシステムの理解に適し、女性の脳は共感に適しているという「脳の性差」説が、一般の人々の間で広く信じられてきた。しかしサイニは、これらの研究の多くがサンプル数が極めて少なかったり、微細な差異を強調しすぎたり、あるいは文化的・教育的背景による影響を無視したりしていることを明らかにする。彼女が紹介する最新の研究は、脳には明確な「男脳」「女脳」という区別はなく、むしろ個体差の方が性差よりもはるかに大きい「脳のモザイク」であることを示唆している。
また本書は、進化生物学における女性のステレオタイプ、特に「受動的な女性」と「攻撃的な男性」という構図に対しても異議を唱える。多くの進化学的モデルは、男性が狩りをし、女性は採集と育児に専念し、従順であったと想定してきた。サイニは、最新の人類学的・考古学的な発見を引き合いに出し、狩猟採集社会において女性がいかに能動的な役割を果たし、時には狩猟そのものにも参加し、コミュニティの意思決定に重要な影響を与えていたかを示す。これらの発見は、いわゆる「伝統的な性別役割分担」が、実際には現代の私たちが過去に投影した幻想に過ぎない可能性を提示している。
女性のセクシュアリティに関する「科学的」な誤解も、サイニの重要な分析対象である。女性は性的に控えめで控えめな存在であるという見解は、ダーウィンの時代から強固に維持されてきた。しかしサイニは、霊長類の研究や、社会から隔絶された部族の調査などを通じ、女性が性的にもいかに多様で能動的であるかを明らかにする。これまでの科学が女性の欲求を「異常」や「例外」として扱ってきた歴史を、彼女は最新の生物学的知見をもって修正していく。
メンタルヘルスの側面においても、サイニは「ホルモン」が女性の気まぐれや不安定さの最大の原因であるというステレオタイプを検証する。科学が女性の身体をいかに「異常な男性の身体」として定義し、月経や更年期をいかに病理化してきたかという指摘は、現代の医療システムに対するフェミニズム的な批判としても機能している。彼女は、科学者が女性の身体のプロセスを研究する際に、偏見を持たずにデータそのものを見る必要性を強く訴えている。
サイニが本書を通じて最も強調しているのは、「科学の客観性」を守るためには、より多様な視点、特に女性科学者の参加が不可欠であるということである。科学者が自身のバイアスに気づくことは難しいが、異なる背景を持つ人々が同じデータを検証することで、隠れた前提が暴かれ、より真実に近づくことができる。彼女の著作は、科学がいかに「修正され続けていくべきプロセス」であるかを思い出させる。
『インフェリア』は、単に「女性は男性と同じくらい優れている」と主張する本ではない。それは、科学がいかに権力構造の一部となり、現状の社会システムを正当化するための道具として使われてきたかを冷静に分析する文化批評である。サイニは、私たちが自分たちの能力を疑わされたとき、「その『科学的根拠』は本当に信頼できるのか?」と問い直すための強力な知的武器を読者に与えている。
教育の現場においても、本作は大きな示唆を与えている。女子生徒が理数系科目に不向きであるといういわれのない思い込みは、いまだに世界中で根強い。サイニは、そうした格差の多くが生物学的宿命ではなく、社会的な期待や教育環境によって作り出されたものであることを証明している。『インフェリア』は、若い女性たちが自らの限界を自分で決めないための、エンパワーメントの書となっている。
結論として、アンジェラ・サイニの『インフェリア』は、科学、フェミニズム、そして正義に関心があるすべての人にとっての必読書である。それは私たちが抱いている「当たり前」を解体し、女性の可能性を再定義するための、希望に満ちた科学的なマニフェストである。科学が女性について間違った答えを出し続けてきた過去を認め、最新の、より公平な研究によって物語を書き換えていくプロセスは、より平等で公正な社会を築くための不可欠なステップなのである。
サイニの言葉を借りれば、真の科学とは、たとえそれが自分の信じたいことや社会の通念に反していても、事実を事実として受け入れる勇気を持つことにある。女性に関する科学的な物語を書き換えることは、単に過去の誤りを正すことではなく、すべての人間が自らのジェンダーに縛られることなく、その真のポテンシャルを発揮できる未来を創造することなのである。『インフェリア』は、その未来への確かな道標となっている。
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