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母親業の再生産:性差別の心理・社会的基盤

フェミニスト理論 · 書物

母親業の再生産:性差別の心理・社会的基盤

原題The Reproduction of Mothering: Psychoanalysis and the Sociology of Gender

著者ナンシー・チョドロー

ナンシー・チョドローは精神分析と社会学を結び、ケアがなぜ女性の仕事として組織され、家族関係を通じて世代を越えて続くのかを問う。影響力ある理論と、その射程を考える一冊。

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書評と読書案内

ナンシー・チョドローの『母親業の再生産:性差別の心理・社会的基盤』は、よく知られているのに自然なものとして扱われがちな問いから始まる。ケアが女性に生まれつき備わった本能でないなら、なぜ母親役割はこれほど長く女性の責任として配分されてきたのか。1978年刊の本書は精神分析と社会学を結び、制度や明示的な役割教育だけでなく、子どもが成長する親密な関係を通じて、ジェンダー化されたケアがいかに日常化し、当然のように見えていくのかを考える。主題は家族内の労働であると同時に、ジェンダー化された主体の形成でもある。

章立てはこの接続を示している。まずジェンダーの社会的編成を背景に「なぜ女性が母親役割を担うのか」を問い、次に幼少期の関係とジェンダー差をめぐる精神分析的な議論を展開し、最後に成人期と家族へ戻って、性格や社会的分業、母親役割がどのように再生産されるかを論じる。ここで家族は政治から切り離された私的空間ではない。社会全体のケアの配分が日常生活に入り込み、情緒的な関係として経験される場所である。社会がケアをどう割り振るかが、依存、同一化、責任の理解にどう関わるのかを、チョドローは明らかにしようとする。

鍵となる “mothering” は、妊娠や生物学的な母親であること、あるいは生得的な母性能力だけを指す言葉ではない。ケアを担う社会的な実践と関係を捉える概念である。カリフォルニア大学出版局が掲載する改訂版の序論では、女性が主たる養育者となる社会的配置と、そのもとで形成される心理過程が結び付けられている。チョドローは、生物学が女性にケアを運命づけるという説明と、成人が子どもに性役割を意識的に教えることだけで分業が続くという説明の双方を退ける。繰り返される関係が、同一化や期待、のちのケアへの向き合い方を形づくる過程に注目する。

本書はしばしば「女の子は母親との結び付きを保ち、男の子は分離する」という標語に縮められる。しかし、その言い方は、チョドローの理論モデルをすべての女の子と男の子に当てはまる固定的な性格として扱い、「結び付き」を女性の美徳、「分離」を男性の欠陥のように見せてしまう。モーガン・フォーブスは『Hypatia』の論文で、チョドローを「女性的な結び付きが男性的な分離を解決する」と主張した理論として読むことに異議を唱え、理論そのものの概念的な緊張も指摘している。これは一つの批判的読解であり、決着した評価ではない。チョドローの問いは、特定のジェンダー化された家族配置が心理的発達にどう関わるかであって、女性は生まれつき関係的で男性はケアができないと証明することではない。

本書のフェミニズム的な力は、家庭と社会的分業の間にある再生産の循環を描いた点にある。女性が日々のケアの大半を担えば、子どもは時間、注意、依存関係が非対称に配分された環境の中でジェンダーを経験する。チョドローは、こうした初期の関係が異なる同一化や期待を形づくり、それが成人後には女性がケアを引き受けることを「自分に向いている」と感じさせ、男性の距離を普通のことに見せる可能性を論じる。秩序を再生産するのは単一の規則や陰謀ではなく、感情を伴う日常の反復でもある。この視点は親密な生活と構造的不平等をつなぐ一方、心理的な差異を説明対象である社会配置の証拠としてしまえば、議論が循環する危険もある。モデルは具体的な経験に照らして検討されなければならない。

したがって、本書は子どもの経験すべてを説明する普遍的な地図ではなく、歴史的な位置を持つ理論として読む必要がある。チョドローのモデルは母親を主たる養育者とし、ジェンダーを二分法で捉える枠組みから展開される。この前提はある社会的パターンの分析には有効でも、あらゆる家族、文化、養育関係を代表するものではない。『スタンフォード哲学百科事典』はチョドローの議論を紹介すると同時に、家族の経験が人種、階級、経済状況、家族形態によって異なることを強調する。誰にケアの時間と資源があるのか、誰の労働が評価されるのか、子どもがどのような親族・養育関係を経験するのかは、理論の外側にある細部ではない。父親、親族、クィアな親、有償ケア労働者、地域のネットワークが養育を担うとき、この説明はどう変わるのか。そうした分担を可能にする制度は何か。現在の読者は問いを先へ進められる。

精神分析を用いること自体にも両義性がある。男性経験を中心に構築されてきた理論を使い、ジェンダー化された主体の形成を問い直す一方、説明を整然としすぎると批判対象の二分法を再び固定してしまうことがある。フォーブスの批評はこの緊張を見えるようにし、影響力を論証の代わりにしないよう促す。関係の中でジェンダーが形づくられるというチョドローの洞察を受け止めつつ、理論が差異、葛藤、変化をどこまで説明できるのかを検討したい。

本書は母性をめぐる最終回答というより、社会配置と心理的形成のつながりを考えるための分析枠組みである。エイドリアン・リッチの『女から生まれる』と並べると、有意義な対照が生まれる。チョドローがケアの配置が心理と社会を通じて世代間に再生産される過程を問うのに対し、リッチは母性を生きられた経験と制度として区別する。この並置はFemResによる編集上の比較で、著者間の直接的な影響関係を示すものではない。二冊を併読することで、ケアそのものと、それを配分し理想化し規律化する制度を見分けやすくなる。

本文は出版社の書誌情報と目次、出版社が公開する序論抜粋、公開書誌記録、およびフォーブスの学術的批評に基づく。国立国会図書館:日本語版書誌 カリフォルニア大学出版局:改訂版と目次 出版社公開の序論抜粋 Google Books 書誌記録 フォーブス「女性的な結び付きを問い直す」『Hypatia』 スタンフォード哲学百科事典「生殖と家族に関するフェミニズムの視点」

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