
トランス研究 · 書物
トランスジェンダー研究リーダー 2
原題The Transgender Studies Reader 2
50本の論考を通じ、トランスジェンダー研究が人種、移住、障害、国家権力、地域史からジェンダー分類と普遍性を問い直す過程を描く。
書評と読書案内
スーザン・ストライカーとアーレン・Z・アイズラ編集の『トランスジェンダー・スタディーズ・リーダー 2』は、50本の論考を10のテーマ別セクションに収める。第一巻の歴史を新しい事例で補うだけの続編ではない。ラディカルな政治経済学、トランスフェミニズム、移住、時間性、地理、政策、文化的表現、人間と動物の関係、そしてトランス・コミュニティ内の論争へと分野が広がる道筋を描く。各セクションは広大な領域への入口になる一方、論考同士の参照は、目次上は離れた問いを横断的につなぐ。読者に示されるのは、全員が肯定する一つの理論ではなく、動き続ける議論の地図である。
この地図がフェミニズムにとって重要なのは、誰が知識を生産するのかを問い直すからだ。Routledge の付属プライマーで Benjamin Singer は、トランスの人々を科学や医学が説明する対象として扱う段階から、トランスの人々の生と研究者を探究の主体とする転換を説明している。この視点から読むと、問いの拡張はあらゆる問題を「ジェンダーの問題」と呼び替えることではない。制度が身体をどう分類し、承認をどう配分し、ある人々を行政上認識可能にする一方で、別の人々を暴力や排除にさらすのかを問うのである。ジェンダーは単独のアイデンティティ変数ではなく、国境、労働、人種化、障害、法、そして人がある場所で暮らせる条件を通じて編成される。
Iwo Nord が2013年の書評で論じた章は、こうした問題を具体化する。Nord は Sarah Lamble によるトランスジェンダー追悼の日(Trans Day of Remembrance)の分析を挙げる。追悼は中立的な哀悼に見えるが、記憶に残されやすい人々と、公的な追悼を組織する人々は、同じ人種・階級的位置にいるとは限らない。問われるのは運動が誰を悼むかだけではなく、その公的イメージと指導層が誰を中心に置き、誰を周縁に残すかでもある。C. Riley Snorton と Jin Haritaworn のトランスのネクロポリティクス研究は、脆弱性と死がどう配分されるかへ議論を進める。反暴力の政治は国家による加害を告発しうる一方、権力機関に届きやすい、選択的で国民国家の枠内に閉じた語りへ圧縮されることもある。「承認」は問い直し不要の善ではなく、政治的な争点となる。
これらの章を並べて読むと、可視性や法的承認だけでは答えられない改革の問いが浮かぶ。公的な承認はいつ支援につながり、いつ国家がどの生を認識可能とし、誰の死を悼むか決める力を再生産するのか。これは法律上の働きかけや追悼を一律に退ける議論ではない。それぞれの戦略から誰が安全と発言権を得て、誰がなお危険にさらされるのかを追跡する必要を示す。こう区別することで、交差性の批判があらゆる制度への関与を同じように断じる粗い結論になるのを防げる。
トランスの歴史を扱う章群も、西洋のアイデンティティ分類を普遍的な年表として押しつけることを拒む。Nord は Deborah Miranda によるカリフォルニア先住民の Two-Spirit のあり方の研究、Afsaneh Najmabadi によるパフラヴィー朝期から1979年革命直後までのイランの性別適合手術の歴史を紹介している。これらは西洋的な移行の物語と交換可能な別版ではなく、先住民、宗教、国家、歴史それぞれに異なる編成の中へジェンダー化された生を置き直す。Kale Fajardo のフィリピン人およびフィリピン系アメリカ人の tomboy の男性性を扱う研究は、船乗りと移住を異なる文化的ジェンダー理解へつなぐ。並べて読むと、文化を越える翻訳が倫理的・政治的な仕事であるとわかる。用語は移動しても、固定された意味や同じリスクを携えて到着するわけではない。
時間性、パフォーマンス、物質性、人間と動物の関係への関心は、視野をさらに広げる。性やジェンダーを個人の身体に封じられた固定属性とみなさなければ、何が見えてくるのか。トランスの視点は、身体、メディア、環境、社会制度を横断する分類の働きを捉える助けになる。ただし本書の重要な示唆は、あらゆる対象を「トランス」と呼び直すことではない。特定の状況で分類がどのように自然なものとして作られるかを示し、分析の言葉によって可視化される人々や歴史に責任を負うことだ。論考間の意見の相違も意味を持つ。トランス研究は方法や政治的優先順位が異なる領域であって、確定した合意ではない。
Nord は本書を全体として高く評価しつつ、重要な限界も指摘する。国境を越える視野があっても、北米中心性は解消されない。米国以外の具体的な歴史・地理に基づく研究は含まれるが、学術的な対話の多くは依然として米国とカナダの状況から組み立てられている。掲載されることは、知識を形づくる権威が等しく分配されることではない。数篇の国際的な論考を含んでも、700ページ近い読本が世界を代表する概説になるわけではない。2013年刊行のため、その後のプラットフォーム統治、反トランスの反動、近年の運動や研究も扱えない。だからこそ歴史的な位置づけを確認し、別の資料と比較して読む必要がある。
分量と学術的な文体を考えると、通読必須の入門書とみなすより、問いを決めて章を選ぶ方が実り多い。分類を誰が統制するのか、移住がジェンダーの可能性をどう変えるのか、誰の喪失が公的に悼まれるのかを手がかりに、テーマと参考文献をたどりたい。第一巻『トランスジェンダー研究リーダー』と併読すれば、分野の形成期とその後の拡張を比較できる。さらにBlack on Both Sidesを読むと、米国の人種史がトランスの分類と公共記憶をどう形づくるのか、より絞った歴史研究から考えられる。第二巻は世界のトランスの生を最終的に説明する本というより、論点、緊張、欠落を見つけるための研究基盤として読むのがよい。
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