
女性の欲望 · 映画
Poor Things
ヨルゴス・ランティモス監督とエマ・ストーンが再タッグを組んだ、目眩く超現実的ファンタジー。ヴィクトリア朝のロンドンを舞台に、胎児の脳を移植されて蘇った若き女性ベラが、未知なる世界へ飛び出し、性、知性、そして社会的な自律を吸収しながら驚異的な進化を遂げる姿を描きます。ベネチア国際映画祭金獅子賞を受賞した、新たなフェミニズム映画の金字塔です。
- 監督
- ヨルゴス・ランティモス
- 年
- 2023
- 地域
- イギリス
- 上映時間
- 141分
作品を読む
ヨルゴス・ランティモス監督の『哀れなるものたち』(2023年)は、フランケンシュタイン神話を華麗かつ過激に転覆させ、社会的・性的に「飼い慣らされていない」女性の主体性がいかに構築されるかを描いた、大胆な思考実験です。自ら命を絶った女性の身体に、彼女が宿していた胎児の脳を移植するという、奇想天外な手術によって蘇ったベラ・バックスター(エマ・ストーン)。彼女は、大人の身体を持ちながら幼児の知性から再出発するという「タブラ・ラサ(白紙状態)」であるがゆえに、女性の行動を縛る社会的な「恥」の概念を一切持っていません。この条件が、彼女に自らの性的快楽や世界の真理を、恐ろしいほど純粋かつ明晰な視線で捉えさせるのです。本作の最大のフェミニズム的な功績は、ベラの際限なき欲望を罰するのではなく、むしろ性、食、哲学、社会正義への飽くなき知的好奇心こそが、彼女を真の解放へと導く鍵として描かれている点にあります。
魚眼レンズを多用し、モノクロからサイケデリックな極彩色へと変化する映像言語は、ベラの意識の拡大をそのまま反映しています。彼女が家父長的な「神(Godwinの愛称)」の保護から逃れ、放蕩息子ダンカン(マーク・ラファロ)との狂騒の旅に出る過程で、映画は女性を「所有」し「保護」しようとする男性の身勝手な欲望を解体していきます。ベラの知性と性的な成熟がダンカンの手には負えなくなり、彼が次第に崩壊していく姿は、脆弱な男性の自尊心に対する鋭い嘲笑となっています。また、パリの娼館での経験も、受難の物語ではなく、経済的な自律と性という「メカニズム」を学ぶための実証的なフィールドワークとして描かれます。彼女は自分の身体を聖域として守るべきものではなく、自己を研鑽し、独立を勝ち取るための手段として捉えたのです。
結局のところ、『哀れなるものたち』は、家庭という名の「檻」を破壊し、一人の人間として再構築される魂の軌跡です。物語の終盤、もはや誰の実験材料でもなくなったベラは、医学を志し、自らが創造主の道具を手に取って社会に貢献することを選択します。過去の「夫」との最終的な対決で見せる科学者的な冷徹さは、彼女が「所有物」から「意志を持つ主体」へと完全に移行したことを告げています。真に自由な女性とは、内なる「ヴィクトリア朝的な価値観」を自ら解体し、誰にも束縛されない知識と、自ら規制する快楽によって定義される人生を選び取る者のことである。本作は、脳を持つ女性よりも危険なのは、恥を知ることを忘れた女性なのだということを、目眩く映像美とともに突きつけています。
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