
ジェンダー政治 · 映画
女王陛下のお気に入り
原題The Favourite
18世紀初頭のイングランド宮廷を舞台に、病弱なアン王女の寵愛をめぐって繰り広げられる二人の女性の壮絶な権力争い。華麗な衣装と鋭い毒舌、そして独創的な映像美で、女性の権力、性的政治、そして生存本能を赤裸々に描き出したヨルゴス・ランティモス監督の衝撃作。
- 監督
- ヨルゴス・ランティモス
- 年
- 2018
- 地域
- イギリス
- 上映時間
- 119分
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ヨルゴス・ランティモス監督の『女王陛下のお気に入り』(2018年)は、歴史劇というジャンルを鋭く、かつ無政府主義的な手法で解体し、18世紀イングランド宮廷における3人の強烈な女性たちの三つ巴の権力闘争を浮き彫りにした傑作です。この時代の物語において女性に割り振られがちだった「淑やかで装飾的な役割」を根底から覆し、男性たちが滑稽なカツラを被ってアヒルレースに興じる傍らで、女性たちが冷徹な野心と欲望、そして生存本能によって国家の権力構造を掌握する世界を描き出しています。物語の核となるのは、痛風と悲しみに暮れるアン王女(オリヴィア・コールマン)、彼女の長年の腹心であり恋人でもあるサラ・チャーチル(レイチェル・ワイズ)、そして没落貴族から這い上がろうとする野心的な新人アビゲイル・ヒル(エマ・ストーン)です。ランティモス監督はこの親密な心理劇を通じて、権力の獲得という行為がいかに高潔さとは無縁であり、支配する側とされる側の双方の精神を歪ませる腐敗したゲームであるかを示唆しています。
本作のフェミニズム的な衝撃は、女性同士の連帯を理想化することを拒み、彼女たちもまた男性と同様に、冷酷さや政治的策略、戦略的な性的搾取を行う能力を持っていることをありのままに描いた点にあります。サラによる女王への影響力は、知性と親密さが融合した統治の形態を表しており、一方でアビゲイルの台頭は、女性の地位が王室の寵愛のみに依存していた時代の生存の危うさを浮き彫りにしています。クィアな潜流(サブテキスト)は単なる筋書きの一部ではなく、物語を動かす中心的なエンジンとなっています。同性同士の欲望は出世の道具として武器化され、純粋な愛情と冷徹な機会主義の境界を曖昧にします。このような描写は、映画において女性キャラクターに投影されがちな「道徳的優越感」への挑戦であり、女性もまた歴史上の男性たちと同じように欠点を持ち、権力に飢える権利があることを主張する、硬派で「アンライカブル(好ましくない)」な表象を提供しています。
映画技法において、ランティモス監督は独自のシュールなスタイルを追求し、超広角レンズや魚眼レンズを多用することで、宮廷の内装を金魚鉢のような歪んだ檻へと変貌させました。この視覚的な歪みは、権力ゲームに内在する異化や道徳的な歪みのメタファーとして機能しています。豪華でコントラストの効いた衣装デザインや、自然光と影を活かしたライティングは、宮廷生活の「演劇的な性質」を強調します。オリヴィア・コールマンによる圧巻の演技は、ブラックコメディと深い悲劇の間を行き来する作品のトーンを決定づけ、アン王女を単なる嘲笑の対象から、深淵な喪失を抱えた一人の人間へと昇華させました。最終的に『女王陛下のお気に入り』は、ジェンダーと権力に対する冷徹な評価を下します。女性が王座を奪い軍隊を指揮することは可能であっても、彼女たちが住まう権力構造そのものが「寵愛」をめぐる際限ない生存競争という罠であり続けることを物語っています。ラストの重なり合うショットは、このシステムの中では、勝利とは絶対的な孤独と引き換えに得られるものに過ぎないという虚無感を突きつけています。
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