
南アジア・フェミニズム · 映画
炎を記す女たち
原題Writing with Fire
このドキュメンタリーは、ハバル・ラハリヤのダリット女性ジャーナリストが紙媒体からスマートフォンに移行し、報道を反カーストフェミニストの権威の実践に変える過程を追ったものです。
- 監督
- Rintu Thomas & Sushmit Ghosh
- 年
- 2021
- 地域
- インド
- 上映時間
- 93 min
作品を読む
『Writing with Fire』は、ウッタル・プラデーシュ州でダリット女性が率いる地域報道機関、Khabar Lahariyaの記者たちを追う。編集部が紙媒体からデジタル動画へ移行するなか、ミーラと同僚は撮影、編集、発信を学び、カメラの前で行政当局者を問いただす。技術転換が目に見える物語の軸になるが、より深い問いは、誰が公共的な知識を生み出す主体として認められるのかという点にある。
記者たちは、カーストとジェンダーに基づく暴力が日常化した警察署、鉱山、選挙集会、村へ足を運ぶ。記者証だけで取材者としての権威が保証されるわけではない。外出を疑う夫、見下した態度を取る役人、説明責任を拒む支配カーストの男性、そして影響力と誹謗の双方を拡大しうるオンラインの視聴者と、そのつど交渉しなければならない。ここでジャーナリズムは、移動、ケアの手配、危険の判断、仲間同士の訓練を伴う、身体的で具体的な労働として現れる。
ドキュメンタリーの励ましに満ちた構成が、制度上の問題を隠してはならない。可視化は卓越した女性を称賛できても、地域報道の資金、安全、労働条件を自動的には解決しない。スマートフォンを持つだけで権力が再配分されるわけでもない。重要なのは機器の背後にある組織である。編集判断、地域社会の信頼、地方言語の知識、そして何をニュースとみなすかを決める反カーストの視点である。
FemResにとって本作は、女性主義認識論が実践される過程として読むときに最も豊かである。Khabar Lahariyaの女性たちは、メディアに周縁化された人の顔を増やすだけではない。証拠を集め、権威へ異議を申し立てる立場そのものを変える。普段は報道の「対象」にされる人びとも、公共世界の調査者、編集者、語り手になれるという民主主義の原則を、彼女たちのカメラは可視化する。
読者の声
対話
鑑賞後の感想や、そこから広がる考えを共有してください。
ディスカッションに参加
コメントを読み込み中...
サポート
このコンテンツがお役に立ちましたら



