
身体の政治 · 書物
ボディ・リベレーション・プロジェクト:人種差別とダイエット文化を理解することが、いかに喜びを育み、集団的な自由を築く助けになるか
原題The Body Liberation Project: How Understanding Racism and Diet Culture Helps Cultivate Joy and Build Collective Freedom
ストレングス・コーチであり社会正義教育者でもあるクリシー・キングによる、回顧録、インスピレーション、そして実践的なエクササイズを融合させた画期的な著作。ダイエット文化やフィットネス業界がいかに白人至上主義や欧州中心的な美の基準に根ざしているかを明らかにし、「ボディ・ポジティブ」を超えたより革命的なもの、すなわち「ボディ・リベレーション(身体の解放)」を提唱する。一人が自由になるまで、私たちは誰も自由ではないという認識に基づく一冊。
書評と読書案内
クリシー・キングが初めてジムに足を踏み入れたとき、彼女の目標はただ一つ、「痩せること」だった。この一見単純な目的は、何を達成しても自分の身体や外見、あるいは自分自身に何らかの変えるべき点があると感じ続ける終わりのないサイクルに彼女を引き込んだ。しかし、この永続的な不全感という痛みの中で、彼女は最も解放的な真実を悟った。それは、自分自身が問題なのではないということだ。白人至上主義に根ざしたダイエット・フィットネス業界こそが問題であり、欧州中心的で注意深く製造された美の基準が問題であり、幸福が身体的な外見と直結していると教え込む言説が問題だったのだ。この認識から、彼女は身体との関係を再定義し、外見とは完全に切り離された自己価値感を達成するための実践的なメソッドを創り出した。2023年3月に出版された『ボディ・リベレーション・プロジェクト』は、単なる自己愛の本ではなく、人種差別、ダイエット文化、そしてシステム的な抑圧を理解することによって集団的な解放を達成するためのマニフェストである。
クリシー・キングは、作家、スピーカー、ストレングス・コーチ、そして多様でインクルーシブなウェルネス業界を創ることにコミットした教育者である。マーケット大学で社会正義と社会学の学位を取得した彼女は、社会正義への情熱とフィットネスへの愛を融合させ、フィットネス・ウェルネス業界の人々に力を与えている。フルタイムのパーソナルトレーナーになる前は、退役軍人省で10年間シニアマネジメントに携わり、ホームレスの退役軍人を支援していた。しかし最終的に、その仕事は意義深くはあるものの、変革を求める彼女の情熱を満足させるには不十分であると感じた。2018年、彼女はフルタイムのフィットネス・コーチへと転身したが、彼女のアプローチは伝統的なフィットネス業界とは根本的に異なる。クライアントが「体重を減らす」ことや「完璧な身体を手に入れる」ことを助けるのではなく、彼女は彼らが自分の身体と健康な関係を築き、自分に合った運動や食事の実践を見つけ、身体イメージの問題のシステム的なルーツを理解するのを助けている。彼女の活動はSELF、SHAPE、Health、Cosmopolitanなどのメディアで紹介され、反ダイエット文化とボディ・リベレーション運動の重要な声としての地位を確立している。
本書の核心的な主張は、単純かつ革命的である。すなわち、「ボディ・ポジティブ」だけでは不十分であり、私たちに必要なのは「ボディ・リベレーション(身体の解放)」であるということだ。ボディ・ポジティブ運動は、人々に「自分の身体を愛そう」「曲線を誇ろう」「あなたは美しい」と勧める。これらのメッセージはポジティブに聞こえるが、クリシーはそれらが依然として価値を外見に結びつけていると指摘する。ボディ・ポジティブは今なお、自分の身体を見てそれを「美しい」と思わなければならないという、自己価値の中心に外見を据える構造を維持している。ボディ・リベレーションはさらに踏み込み、価値や尊厳を持つために自分の身体を「美しい」と思う必要はないと断言する。あなたの価値は外見にあるのではなく、一人の人間としての本質にあるのだ。ボディ・リベレーションとは、自分が単なる身体以上の存在であることを認識し、自己価値が体重やサイズ、外見から完全に独立していることを意味する。
しかしクリシーは、身体の解放が単なる個人的なプロジェクトになり得ないことも認識している。単に皆に「自分を愛そう」とか「他人の目を気にしないようにしよう」と言って、システム的な問題が消えることを期待することはできない。現実は、欧州中心的な美の基準から外れる人々—黒人、太った人々、トランスジェンダー、障害者、高齢者など—に対し、社会は彼らが十分に魅力的でない、価値がない、あるいは十分な人間でないというメッセージを絶えず浴びせ続けている。これは単なる個人の偏見の問題ではなく、白人至上主義と資本主義に根ざしたシステム的な抑圧の問題なのだ。
クリシーは、ダイエット文化とフィットネス業界がいかに人種差別や植民地主義と絡み合っているかを綿密にたどっている。現代の「健康」や「美」の概念は自然で普遍的なものではなく、特に白人至上主義を支えるために歴史的に構築されたものである。植民地時代、ヨーロッパの入植者たちは身体的な違いを利用して人種的な階層を正当化し、アフリカ系、先住民族、アジア系の身体をいかに「原始的」で「未開」なものとして、ヨーロッパの基準に合うように「改善」が必要であると主張した。この論理は今日まで受け継がれており、白人で、痩せていて、シジェンダーで、健常な身体が「理想」かつ「正常」と見なされる一方で、それ以外のすべての身体は矯正が必要な逸脱と見なされている。
多額の利益を生むグローバル企業となったダイエット業界は、これらの基準の上に築かれている。彼らが売っているのは単なる減量製品ではなく、「今のままのあなたでは不十分だが、この製品を買い、この計画に従い、この体重目標を達成すれば、より価値があり、より幸福で、より愛されるに値する人間になれる」というイデオロギーである。このイデオロギーは特に女性、とりわけ有色人種の女性をターゲットにしており、彼女たちは性差別、人種差別、そして太っていれば肥満恐怖(ファットフォビア)という二重三重の抑圧に直面している。
クリシーはまた、「健康(ヘルス)」という概念の政治性についても明らかにしている。フィットネス業界は健康を大切にしていると主張するが、実際には外見を重視している。「健康」は痩身と同一視され、肥満は不健康と結びつけられる。たとえ科学的な証拠がその関係はずっと複雑であることを示していてもだ。より重要なことに、「健康」への執着は太った人々に対する道徳的な裁きとしてしばしば利用される。太っているのは、怠慢で自制心がなく、自分を大切にしていないからだというレッテルを貼る。この道徳化は、体重や健康に影響を与える無数の要因を無視している。遺伝、社会経済的地位、健康的な食品や安全な運動スペースへのアクセス、ストレス、トラウマ、病状、薬などがそうだ。また、たとえ健康が個人の責任であったとしても(それ自体が問題のある仮定だが)、体重=健康ではない。痩せていても不健康な人はいるし、太っていても健康な人はいると彼女は指摘する。
非常に力強い一章では、「健康のために体重を落とそう」という言説がいかに、受け入れられやすい形態のファットフォビア(肥満恐怖)となっているかが探求されている。誰かが「あなたの健康が心配だ」と言うとき、彼らは実際には「あなたの身体は間違っており、変える必要がある」と言っているのだ。このいわゆる「心配」は、太った人々が自分の身体について知らない、あるいは関心がないと決めつけ、外部の人間が「救って」あげなければならないと考える、一種の支配であり屈辱(シェイミング)である。クリシーは、真の健康ケアとは、特定の体重基準を強いることではなく、すべての人の身体的自律性を尊重し、ヘルスケア、栄養価の高い食品、安全なコミュニティ、メンタルヘルス・リソースへのアクセスを支援することだと主張する。
クリシーはまた、フィットネス文化における特権と排除についても探求している。伝統的なジムは、理想的な体型に当てはまらない人々、特に太った人々、トランスジェンダー、障害者、高齢者にとって敵対的な空間であることが多い。広告には、痩せて筋肉質な若い白人の身体。器具は特定のサイズに合わせられ、トレーナーは多様なクライアントに対応する訓練を受けていないことが多く、空間はファットフォビックなコメントやシェイミング(恥の押し付け)で満たされている。クリシーは、自身のストレングス・コーチとしての活動を通じ、真にインクルーシブなフィットネス空間を創るための取り組みを共有している。
ストレングス・トレーニング、特にパワーリフティングは、クリシー自身の旅において決定的なものだった。彼女は、重いものを持ち上げることが、自分の身体との関係を変えたことを発見した。それは身体の見た目が変わったからではなく、身体の見方が変わったからだ。ウェイトリフティングでは、焦点は身体がどう「見えるか」ではなく、何が「できるか」に置かれる。より重い重量を持ち上げ、より困難な動きをこなせるようになるにつれ、彼女は身体の外見を批判するのではなく、身体の強さや能力を高く評価するようになった。リフティングは彼女に、体重やサイズとは完全に切り離された、コントロール感と達成感を与えた。
しかしクリシーは、筋力トレーニングへの愛が、システム的な抑圧から彼女を保護してくれるわけではないことも認めている。フィットネス界に生きる黒人女性として、彼女は依然として人種差別や性差別—過小評価され、客体化され、専門性を疑われること—に直面している。白人男性トレーナーに無視されたり、クライアントが彼女を十分に「資格がない」と思い込んだり、フィットネス空間で安全ではない、あるいは歓迎されていないと感じたりする経験を彼女は描写している。これらの経験は、個人のエンパワーメントも重要だが、それだけではシステム的な変化の代わりにはならないことを思い出させる。私たちは個人の態度だけでなく、制度、政策、そして文化的な規範を変える必要があるのだ。
『ボディ・リベレーション・プロジェクト』は問題を診断するだけでなく、実践的なツールとエクササイズを提供している。各章には、読者が自身の信念を検討し、内面化した抑圧を特定し、身体との新しい関係を構築し始めるためのリフレクションの問い、ライティングのプロンプト(きっかけ)、活動が含まれている。クリシーは読者に内省を促す。あなたの身体や他者の身体に関する信念はどこから来ているか?メディア、家族、仲間からどのようなメッセージを学んだか?それらがあなたの行動や自己価値にどう影響しているか?
特に彼女が強調するのは、特権(プリビレッジ)を検討することの重要性である。もしあなたが、痩身特権、白人特権、シジェンダー特権、あるいは健常特権を持っているなら、それらがあなたの経験をいかに形作り、また意図せずとも周縁化された身体を排除し傷つけるシステムを存続させているかを認識する必要がある。これは罪悪感を生むためではなく、意識と説明責任を育むためのものである。クリシーは、身体の解放は集団的でなければならないと書いている—「一人が自由になるまで、私たちは誰も自由ではない」のだ。
本書には、日常生活で身体の解放を実践するための具体的な提案も含まれている。自分のSNSを整理し、自分を惨めにさせるアカウントのフォローを外すこと、心の中の否定的な身体トークに挑戦すること、懲罰的ではない自分にとって良いと感じられる運動を見つけること、ルールやカロリー計算ではなく空腹感と満腹感に基づいて食べること、サイズに関わらず敬意を持って身体を扱うこと、そして周縁化されたコミュニティの正義のために声を上げ行動することだ。
クリシーはこの道のりの難しさについても率直である。何十年もの条件付けを解消することは一晩では起こらない。身体イメージが良くない日もあるし、古い習慣に陥ることもあるだろう。そして、身体は間違っていると言い続ける文化の中で、身体の解放を維持することは継続的な闘いである。しかし、この闘いには価値があると彼女は断言する。なぜなら、その賭け金は単なる個人の安らぎではなく、集団的な自由と正義だからである。
フェミニズム理論の観点から見れば、本書はインターセクショナル・フェミニズムの力強い実践である。クリシーは、ジェンダー、人種、身体サイズ、セクシュアリティ、障害といったアイデンティティがいかに織り合わされ、独自の抑圧と特権のパターンを作り出しているかを示している。身体イメージの問題を単なる個人的な、あるいは心理的な問題として見ることを拒否し、白人至上主義、家父長制、資本主義というシステム的な文脈の中に位置づけている。彼女の分析は、権力がどのように働き、誰が現状から利益を得ており、いかにして抑圧的なシステムに挑戦し変容させるかという理解に根ざしている。
本書はまた、身体のポリティクスと身体的自律性というフェミニズムの原則を体現している。フェミニズムは長らく、女性が自分自身の身体をコントロールする権利—リプロダクティブ・ライツ、性的自律性、暴力からの自由を含め—を擁護してきた。クリシーはこの伝統を身体イメージと健康の領域に拡張し、誰もが外部の判断や強制を受けることなく、自分の身体をいかに扱い、飾り、住まうかを決定する権利があると主張している。彼女は、医療複合体、美容産業、そしてフィットネス産業が、特に周縁化された身体をコントロールし規制しようとする方法に挑戦している。
世界中の読者にとって、本書は美の基準、身体イメージ、そしてシステム的な抑圧についての深い洞察を提供しており、それらはグローバルに共鳴する。クリシーの特定の経験はアメリカの文脈、特に黒人女性の経験に根ざしているが、彼女が探求するテーマ—到達不可能な美の基準、ダイエット文化の毒性、身体の商品化、個人的な解決策ではなく集団的な解決策の必要性—は文化を越えて普遍的である。あらゆる文化には独自の美の基準と繁栄するダイエット・美容産業があり、同様に「今のあなたでは不十分だが、私たちの製品が直してあげる」というメッセージを売り込んでいる。これらの基準がいかに社会的に構築され、権力と利益に奉仕しているか、そしてそれにいかに抵抗するかというクリシーの分析は、あらゆる文化的文脈に適用できる。
システム的な変化の必要性を強調するクリシーの主張は、現代の議論において特に関連性がある。ボディ・ポジティブがソーシャルメディアで人気になった時代において、解決策は単に「自分を愛そう」とか「自分の身体を受け入れよう」と言うだけでよいと考えやすい。しかし、クリシーは私たちに、個人のエンパワーメントは重要だが、システム的な変化なしには不十分であることを思い出させる—メディア表象を変革し、差別的な政策に挑戦し、白人至上主義と資本主義を解体することが必要なのだ。真の身体の解放には、集団的な行動と構造的な変革が必要である。
『ボディ・リベレーション・プロジェクト』はまた、政治的行為としての自己愛とセルフケアを称揚している。周縁化された人々に自分自身を嫌わせようとする世界において、自分を愛し、自分自身を大切にし、自分の価値を主張することは、急進的な反逆である。しかし、この自己愛は利己的であったり孤立したものであってはならない。それは他者へのケアと正義へのコミットメントに拡張されなければならない。クリシーは、すべての人が自分の身体の中で自由に快適に生きられる世界、価値が外見ではなく人間性によって決定される世界を共に築くよう私たちを招いている。
『ボディ・リベレーション・プロジェクト』は、個人的であると同時に政治的であり、インスピレーションに満ち、かつ実践的な力強い著作である。それは私たち自身の身体、そして美、健康、価値、そして自由が何を意味するのかを再考するように迫ってくる。身体イメージに悩み、ダイエット文化に疲れ、あるいは身体政治がいかに人種差別やシステム的な抑圧と結びついているかを理解したいと願うすべての人にとって、本書は不可欠な一冊である。身体の解放とは、個人の心の平穏だけでなく、集団的な正義のためのものなのだ。「あなたの解放は、私の解放と結びついている」とクリシーは書いている。これは私たち全員への招待状である。特権を検討し、抑圧的なシステムに挑戦し、そしてすべての身体が尊重され、価値を認められ、解放される世界を共に築こうという。
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