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フェミニズムと戦争

帝国主義批判 · 書物

フェミニズムと戦争

原題Feminism and War

著者Robin L. Riley, Chandra Talpade Mohanty, and Minnie Bruce Pratt

「女性の解放」が米国の戦争を正当化する過程を暴き、反人種主義・反資本主義フェミニズムから占領、拷問、経済戦争、国際的抵抗を結ぶ論集。

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書評と読書案内

『フェミニズムと戦争——米国帝国主義に立ち向かう』は、アフガニスタンとイラクでの戦争が公共言説を形づくった時期に生まれた。Robin L. Riley、Chandra Talpade Mohanty、Minnie Bruce Pratt 編の論集は危険な矛盾を捉える。米国政府は「ムスリム女性の救済」を軍事介入の解放的意義として掲げた一方、爆撃、占領、制裁、拘禁、国内資源の軍事転用は各地の女性の生活を不安定にした。女性の権利は戦争への付加論点ではなく、戦争が道徳的正当性を得る中心言語である。

前半は「フェミニスト地政学」を組み立てる。戦争を国家間紛争や戦場の勝敗だけで理解せず、軍事力が人種、階級、性、国籍、帝国関係をどう通過するかを追う。Angela Davis、Zillah Eisenstein、Jasbir Puar らは、対テロ戦争が文明/野蛮の区分を作り、一部のフェミニズムとクィア権利言説を国家例外主義へ動員した過程を論じる。平等が西洋固有の達成とされれば、攻撃対象は暴力的近代化を要する遅れた他者になる。

「救済」批判は、アフガンやイラクの女性が直面する家父長的暴力の否認ではない。米軍を待つ被害者へ彼女たちを縮減することを拒む。侵攻前後の歴史、地域の組織と抵抗、植民地境界、宗教、経済条件を分析に戻し、女性の声を既定の外交政策を飾る証言にしない。連帯には、占領、原理主義、国内エリートを同時に批判する彼女たちの政治判断を尊重することが必要である。

Abu Ghraib、軍事拘禁、戦争報道を扱う章は、ジェンダー化・人種化された屈辱を少数兵士の逸脱ではなく、帝国権力が「侵害可能な身体」を作る仕組みとして示す。爆弾と予算も接続され、軍事費、制裁、民営化、都市のジェントリフィケーションが生存資源を移すことで、「経済戦争」はラテンアメリカ、ハーレム、戦域へ異なる形で及ぶ。戦争は住宅、医療、仕事、ケアに入り込み、遠方だけの出来事ではない。

後半は女性の反戦直接行動、有色人種女性退役軍人の対話、反占領運動、国際連合へ移る。女性を生来平和的とせず、軍への平等参加だけをジェンダー進歩とも見なさない。反軍事主義フェミニズムの問いは、暴力機関に参加する女性をどう増やすかではなく、安全とは何か、誰が脅威を作る権力を持つか、平和運動内部の人種・階級不平等をどう変えるかである。

George W. Bush 期への応答であるため、政策と運動の状況は変化し、ドローン戦争、AI兵器、国境軍事化、気候安全保障は扱われない。米国帝国に焦点を当てることは覇権責任を問うために必要だが、ロシア、中国、地域大国、非国家武装のジェンダー政治と併読すべきである。反帝国主義も、地域の家父長制、宗教ナショナリズム、国家弾圧を軽視する免罪符にはならない。

女性と少数者の「保護」が、救済する文明と戦争可能な社会を分け続ける今、本書はなお切実である。外交・安全保障政策は現地の人々の物質的自律と政治的発言を広げるのか、それとも苦痛を軍事力の認可に使うのか。戦争を人種資本主義、性政治、ケア、草の根組織と同じ地図に置くことで、フェミニズムは家父長的暴力に抗しながら帝国の道徳的制服になることを拒める。

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