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ジェンダー、戦争、紛争

フェミニスト安全保障研究 · 書物

ジェンダー、戦争、紛争

原題Gender, War, and Conflict

著者Laura Sjoberg

Laura Sjoberg が、ジェンダー秩序は戦争の原因、遂行、暴力の物語、戦後の結果をどう形づくるかを入門的かつ厳密に示す。『ジェンダー、戦争、紛争』はフェミニスト安全保障研究への地図である。Laura Sjoberg は女性被害者の数や軍隊内の女性だけを論じない。

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書評と読書案内

Laura Sjoberg の『ジェンダー、戦争、紛争』は、フェミニスト国際関係論への入門書である。ジェンダーを軍事史の後に付け加える話題ではなく、戦争の想像、遂行、語り方を組織する権力関係として捉える。出発点にあるのは、よく知られているが狭い戦争物語――戦う男性と、被害を受ける女性――への疑問だ。実際には、異なるジェンダーの人びとはその二役よりはるかに多様なかたちで戦争に関わり、経験する。本書が問うのは「女性はどこにいるのか」だけでなく、限られた役割と分類を繰り返す物語によって誰が利益を得るのか、ということでもある。

全六章は、その問いをたどる学習の道筋をつくる。導入で基本概念を整理した後、「女性はどこにいるのか」「男性はどこにいるのか」と問い、さらに「男性と女性」だけではジェンダーを捉えきれない理由、何を戦争と呼ぶのか、ジェンダーを踏まえた戦争研究とは何かへ進む。この順序は重要だ。可視性や役割の分担から、ジェンダー階層、そして紛争そのものを理解するカテゴリーと研究方法へと焦点が移る。出版社は本書を、国際的な事例、章末の討論問題、参考文献案内を備えた学習ガイドとして紹介している。あらゆる戦争を説明する単一の理論書という位置づけではない。

女性の役割を扱う章は、「男性が戦い、女性がケアする」という定番の分業を問い直す。Jill Steans の書評によれば、スヨベリは映画『プライベート・ライアン』を例に、男性化された英雄が女性を救い、女性は待ち、嘆くという戦争物語を分析する。この型は女性を描かないだけでなく、政治的・軍事的な行為者としての女性を見えにくくし、紛争の周囲で生活を支える労働を「戦争の外」に押しやる。重要なのは古いステレオタイプを別の型に置き換えることではなく、物語が誰に行為能力を、誰に脆弱性を割り当てるのか、そしてその配分が何を政治的に可能にするのかを考えることだ。

「男性はどこにいるのか」という問いは、同じ分析を男性性へ向ける。男性は生まれつき戦う人びとの均質な集団ではない。特定の戦士、指導者、民間軍事請負業者、加害者へと形づくられる一方、男性が性暴力を受ける経験などは一般的な戦争物語から抜け落ちることもある。Steans はこうした欠落がメディア表現と国際関係研究の双方にあると指摘する。問題は男性が皆同じ位置を占めるということではなく、制度と物語が男性性をどのようにつくり、報い、強いるかにある。男性が登場する数を数えるだけでは、どの男性が承認され、称賛され、傷つけられ、沈黙させられるのかは分からない。

特に重要なのは、第4章「なぜ男性と女性だけでは足りないのか」が、ジェンダーを「男性/女性」の二分法だけで理解することを明確に拒んでいる点である。スヨベリはクィアおよびトランス研究の知見を用い、慣習的な性別・ジェンダーの期待を外れる人が脅威とみなされる過程を考える。Katherine Williams の書評は、空港の保安検査でトランス女性や男性が標的にされるというスヨベリの事例を紹介している。この例では、安全確認は既存の危険に中立的に対応するだけではなく、身体を既定のジェンダー規範に適合させようとすることで疑念そのものを作り出すこともある。ここは FemRes の旧稿を訂正したい。本書の枠組みを二元論的とした以前の説明は誤りであり、実際に本書は「男性/女性」だけで十分かを問うている。焦点は表象の有無から権力へ移る。何も行動していない段階から、危険と読まれてしまう身体があるのではないか。

後半の二章はさらに視野を広げる。何を「戦争」と呼ぶかは常に明白とは限らない。「対テロ戦争」や「麻薬戦争」といったラベルは、性質の異なる暴力、行為者、政治的条件をひとまとめにしてしまうことがある。Steans は、本書が従来の戦争定義から出発し、紛争経験とその研究にジェンダーをどう通すかを問うと説明する。最終章では研究と政策へ視線を戻す。ジェンダーは決定後に記入する欄ではなく、問いの立て方、証拠の選び方、対応策の設計に関わるべきだ。各章の討論問題や参考文献を強調する出版社の紹介からも、本書が読者に万能の結論を渡すのではなく、自分で説明を組み立てる力を育てる教材であることが分かる。

この教育的な性格は、同時に本書の限界でもある。Steans は国際的な事例の広さと読みやすさを評価しながら、理論を長く掘り下げるというより、多様な議論をまとめた入門書だと述べる。短いガイドですべての紛争の植民地史や政治経済を等しく掘り下げることはできない。また、2014年刊行当時の事例を現在の戦争の全体像として扱うべきでもない。だからこそ本書は地図として使い、各事例の背後にある個別の研究や当事者の知識へ戻る必要がある。概説を最終的な総合と取り違えてはならない。

読者は身近な戦争報道を一つ選び、誰に行為が認められ、誰が脆弱な存在とされ、何が戦争と定義され、どの身体が疑いを向けられ、どの経験が証拠から抜け落ちているのかを問うとよい。その答えを、本書の章立て――女性、男性、二分法を超えるジェンダー、戦争の定義、研究方法――と照らし合わせる。スヨベリによる戦争理論の展開をさらに読みたい場合は、別の著作である『グローバル紛争をジェンダー化する』と併読できる。補完的な読書経路であり、二冊を同じ本とみなすものではない。

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