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ジェンダー、戦争、軍事主義

フェミニスト安全保障研究 · 書物

ジェンダー、戦争、軍事主義

原題Gender, War, and Militarism

著者Laura Sjoberg and Sandra E. Via

Laura Sjoberg と Sandra E. Via が編む17本のフェミニズム論考。軍事制度、戦時暴力、和平構築、公共の記憶がいかにジェンダー化された権力を再生産するかを問う。

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書評と読書案内

『ジェンダー、戦争、軍事主義』は、既存の戦争史に「女性の経験」を付け足す本ではない。17本の学際的論考を通じ、軍事主義が常態となるのは、国家、軍隊、家族、メディアが、勇敢な男、保護されるべき女、犠牲にしてよい他者を繰り返し作るからだと論じる。Laura Sjoberg と Sandra Via は安全保障研究、政治学、社会学、文学、アクティヴィズムを一つの枠に置き、戦争を戦場での衝突だけでなく、社会関係を編成するジェンダー化された論理として可視化する。

本書の強みは事例同士の比較にある。EU のハード/ソフト・パワー、民間軍事会社のヘゲモニックな男性性、軍隊を支える労働、イスラエル軍の女性戦闘員を扱う章は、女性の軍隊参加だけでは軍事的序列が崩れないことを示す。シエラレオネの少女兵、ダルフールやヌバ山地の事例も、女性を被害者だけに固定せず、生存者、戦闘員、加害者、政治的組織者という複数の位置から捉える。

戦時性暴力についても単一の原因を拒む。戦争と日常の性暴力の連続性を追いながら、なぜ一部の武装組織は組織的に性暴力を用い、別の組織は用いないのかを比較する。問いは「戦争が男性の野蛮さを解放する」という神話から、指揮系統、民族政治、規律、処罰、地域規範へ移る。これにより、女性の身体を国家の傷の象徴にするのではなく、暴力を生む制度そのものを批判できる。

後半は軍縮、和平構築、文化的記憶を検討する。WILPF の国際的運動、エルサルバドルの復興、ボスニアの「戦争の子ども」、米国の対テロ戦争の表象、9・11後に消されたクィア経験は、停戦が脱軍事化を意味しないことを示す。戦後の福祉、家族政策、正当な市民像は、兵士的男性性をなお報い、ケアとトラウマ、国民的回復物語に合わない人びとを私的領域へ押し戻しうる。

日常の労働も制度を読む入口になる。軍人の配偶者を扱う章は、忠誠、情緒的支援、転居、家族ケアを軍事生活が依存する労働として捉え、私生活の自然な背景にしない。女性の「戦う権利」をめぐる議論は別の緊張を示す。軍隊への平等な参加は市民権に潜むジェンダーの境界を揺さぶる一方、「兵士になれること」が完全な市民性の証明になってしまう危険もある。少女兵、性暴力、戦後ケアの章と併せて読むと、誰が武器を持てるかだけでなく、誰が戦争の日常的費用を負い、誰の喪失が公に認識されるのかが見えてくる。

シエラレオネの事例では、「少女兵」という呼称自体にも注意が必要だ。導入部によれば、多くの少女は誘拐されたり、強制的に武装集団と結びつけられたりした。武器を持ったかどうかだけで戦闘員を定義すれば、強制、支援労働、武装解除後の排除が見えなくなる。彼女たちの主体性を認めることは、強制的な関与を自発的な入隊とみなすことではない。暴力の所在だけでなく、誰が戦闘員、被害者、戦後の市民として認識されるのかを問うことが、フェミニズムの戦争分析に欠かせない。

2010年の論集ゆえ章ごとの理論的密度には差があり、男女二元的な用語も残る。各章は異なる学問分野、地域、政治課題から書かれており、同一の宣言として読むべきではない。比較の価値は、戦争がどこでも同じように機能すると仮定せず、差異を通して制度を問う点にある。反戦運動をフェミニズムの側からさらに考えるには、安全保障、帝国、運動を異なる尺度で扱う『フェミニズムと戦争』も参照できる。資料:Bloomsbury の書誌と全目次および認可された試し読み。

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