
デジタルフェミニズム · 書物
プログラムされた不平等
原題Programmed Inequality: How Britain Discarded Women Technologists and Lost Its Edge in Computing
Mar Hicksは、女性が英国のコンピューティングを支えながら低い職位に閉じ込められ、分野の威信が高まると昇進の道から排除された過程を描く。
書評と読書案内
1959年、女性のコンピューターオペレーターが、英国政府にとって急務だったシステムの使い方を、経験のない新任の男性二人に教えた。ところが二人はほどなく管理職になり、彼女はより低い補佐職へ降格された。上司は彼女の頭のよさと計算業務への適性を認めていたにもかかわらず、である。マール・ヒックス(Mar Hicks、本書は Marie Hicks 名義で刊行)はこの逆転から、女性がコンピューティングに少なかったのは能力や関心がなかったからだ、という説明を揺さぶる。問うべきなのは、制度が誰の経験を職業的な資格へ変え、誰の専門知識を昇進のない補助職にとどめたのかだ。『プログラムされた不平等』は、1930年代から1970年代末までの英国の公的コンピューティングをたどり、その仕組みを描く。
本書はまず、コンピューティングが電子機械の登場とともに始まったという見方を問い直す。“computer”はかつて、計算を行う人を指していた。女性は人間計算手として働き、パンチカード機で科学・行政の計算を処理し、やがてプログラミングや機械操作にも携わった。ブレッチリー・パークでは、女性の技術労働が複層的な情報処理を支えた。Women’s Royal Naval Service(WRNS、英国海軍の女性部隊)の隊員は Bombe を操作し、スイッチやプラグボードを使って Colossus を設定した。ヒックスは彼女たちを機械の設計者に仕立て直すのではなく、操作、試験、データ処理もまた、技術システムを機能させる専門的な労働だったと示す。戦時の機密はその仕事を長く覆い、後年の通俗的な語りは機械とそれを動かした人々を切り離してきた。
戦時に得た経験が、戦後の安定したキャリアにそのままつながったわけではない。英国の公務員制度は「機械職級」を設け、データ処理の従事者を低い職業上の階層に位置づけた。ヒックスはこの分類を、国家のより大きな統治計画と結びつける。自動化は効率化の手段とされ、女性に支払う低い賃金は労働コストを抑える方法として扱われた。ここでいう「脱技能化」は、仕事が本当に単純だったという意味ではない。専門的な業務を定型的な仕事と表現し、賃金、権限、昇進の可能性を狭める雇用側と公的分類の働きを指す。したがって同一労働同一賃金を求める運動は、個人の賃金だけでなく、女性に新しい技術システムを築かせながら、安価で交換可能な労働力として扱う国家のあり方に異議を申し立てていた。
コンピューティングの威信が高まるにつれて、矛盾はさらに鮮明になる。1950年代から60年代初頭にかけて、雇用主は女性を重要な職務に採用し、働きながら訓練することもあった。1965年、英国郵政省の求人広告を見たキャシー・ギレスピー(Cathy Gillespie)とアン・セイス(Ann Sayce)は、コンピューターの経験がなくても応募できる職に就いた。二人は仕事の新しさに惹かれたが、公務員制度ではコンピューティングの仕事を続けたまま昇進する道が限られていた。そこで、より上を目指し、IBMの機械を扱う中央電力庁のコンピューター施設へ移った。この経験は「人材パイプライン」という説明の限界を示す。問題は女性が業界の入口を通れるかだけではなく、すでに示した能力を制度が権限、昇進、継続可能なキャリアへ変えるかどうかでもあった。
ヒックスは広告、職名、賃金表、訓練方針、行政報告もコンピューティング史の資料として読む。技術発展の背景に置かれた飾りではない。1960年代の広告では、女性オペレーターはシステムの効率と収益性を高める労働力として、より直接的に描かれるようになったが、本人の専門性は低い地位に置かれたままだった。一方、管理職・技術官僚向けの新たなキャリアは見通しを広げ、機械オペレーターやプログラマーは狭い職級にとどめられた。こうした「専門職化」は、仕事が難しくなったことを中立的に認定しただけではない。誰が技術を代表し、誰が管理に進めるのかを組み替えたのである。現場経験を持つ女性であっても、それに見合う職業上の権威を得られるとは限らなかった。
本書の国家規模の議論を、「差別だけが英国のコンピューター産業を衰退させた」と単純化してはならない。ヒックスは緊縮財政、国際競争、コンピューター市場の変化、政府の中央集権化、国内企業 ICL を支えた政策も追っている。彼女の議論では、ジェンダー化された雇用制度が熟練労働者の不足を深め、機関が自ら訓練した人材を生かせなくした。政府が先端機械へ投資し、データ駆動型国家を構想する一方、職級と昇進の制度によって技術的な力を弱めたという矛盾が浮かぶ。副題を単一原因の主張として読むと、本書が明らかにする歴史的な仕組みを見落とす。むしろ、性差別が管理慣行、産業政策、経済状況とどう作用し合ったかを読むべきだろう。
アーカイブそのものも、この歴史の一部である。ヒックスは表紙写真をめぐるエッセイで、コンピューターに向かう女性の写真には名前が記されていないことが多かったと語る。彼女は特徴的な求人広告からギレスピーを探し当て、かつての同僚セイスとともに話を聞いた。本書は政府文書、企業記録、同時代のメディア、オーラルヒストリーを組み合わせ、資料から何を取り戻せるのか、また制度的な記録の仕方がどの経験を残りにくくするのかを示す。正史に女性が登場しないことは、彼女たちが働いていなかった証拠ではない。職務の名づけ方、誰が専門家として撮影されたか、誰の証言が保存されたかによって、その不在がつくられた可能性がある。
フェミニズムの読者にとって、本書の価値は職業上の地位がどのように作られるのかを分析できる点にある。表象や採用数だけでなく、職務設計、賃金、昇進、訓練機会、そして労働者が維持するシステムを誰が管理するのかを問う。中心にあるのは英国の公的部門コンピューティングと国内産業の関係であり、世界全体のコンピューター労働史ではない。この英国の事例だけで、他の植民地的、人種化された、国境を越える労働の歴史を代表させることもできない。クレア・L・エヴァンズのBroad Bandと読み比べれば、米国とインターネットを中心とする技術史との違いが見えてくる。『あなたのコンピューターは燃えている』と合わせれば、植民地主義、環境、現代のインフラへ視点を広げられる。
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