
ラテンアメリカ・フェミニズム · 書物
ラテンアメリカとカリブ海地域の女性アクティヴィズム
原題Women's Activism in Latin America and the Caribbean
エリザベス・マイヤー、ナタリー・ルボン編。独裁政治から草の根活動まで、ラテンアメリカとカリブ海地域の女性運動と市民権をたどる。
書評と読書案内
エリザベス・マイヤーとナタリー・ルボン編『Women’s Activism in Latin America and the Caribbean』は、単一のフェミニズム宣言ではなく、四十年にわたる組織活動から、市民権がどのように要求され、制限され、作り直されるかを考える学際的な論集である。章は1970年代の独裁政権、中米の蜂起、住居や基礎的サービスを求める都市の草の根運動、フェミニスト運動の形成、公共政策や正式な政治参加、代替的なグローバル化の模索をたどる。歴史を一方向の進歩物語にまとめず、政治制度、経済構造、組織の形の変化を比較させる。
事例は「女性が政治に参加する」道筋が一つではないことを示す。アルゼンチンの五月広場の母たち・祖母たちは、親族として失踪者を探す行動を国家暴力への公的な責任追及へ変えた。ブラジルの黒人女性の運動は、人種とジェンダーによって分けられる労働を政治課題に押し上げる。レズビアンの活動家、エクアドルの先住民女性の組織化、キューバ、プエルトリコ、ドミニカ共和国の女性世帯主と社会的再生産をめぐる研究は、「女性」という共通カテゴリーが異なる歴史と権力関係を通じて形づくられることを示す。これらは互換的な例ではない。誰が運動を代表し、どの労働が政治と呼ばれ、誰が連帯の周縁に置かれるのかを問い返す。
副題が「社会正義のジェンダー化」と「市民権の民主化」を結びつけることで、制度的承認の限界も見えてくる。民主化によって投票、組織化、政策交渉の道が開かれても、土地や所得、ケアの責任、暴力からの保護が自動的に再分配されるわけではない。運動が政府やNGOと協働すれば要求を政策に翻訳できる一方、草の根の人々が十分な資源や決定権を持たないまま、サービス提供を担わされることもある。フェミニスト政治には制度への参加だけでなく、制度が要求を吸収し、選別し、脱政治化する仕組みを見抜くことが必要だ。
各事例を比べると、「私的な問題を公共の場へ持ち込む」ことは一度の突破ではなく、代表性、資源、説明責任をめぐる継続的な営みだと分かる。ケアや生活条件は運動政治の外側にある些事ではない。住居、食料、雇用、暴力からの自由が集団的な要求となるとき、社会的再生産をめぐる関係も市民権として交渉されている。一方、政策機関への参加が活動家をサービス提供者に変え、予算や優先順位の決定権を国家に残すこともある。各運動が誰に働きかけ、どんな連合をつくり、制度から何を返されたかを比べると、単純な成功・失敗を超えて政治的主体性をつくる過程が見える。地域横断の比較には差異を消さない姿勢が必要だ。
2010年刊の地域論集である本書は、近年の越境移民、クィア・トランスの組織活動、デジタル・アクティヴィズム、気候正義の研究に代わるものではない。またラテンアメリカとカリブ海地域を均質な一地域とみなすべきでもない。比較のための地図として読めば、運動が生存に関わる問題を公共の要求へ変える過程と、承認・代表・資源配分をめぐる摩擦をたどれる。フェミニスト民主主義を測るのは、女性が政治の場に入ったかだけではない。周縁化された人々が議題を定め、生活条件を変えられるかである。出版社の書籍紹介と目次には編者、時代的範囲、論集の主題が示されている。
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