
経済的エンパワーメント · 映画
ノマドランド
原題Nomadland
2008年のリーマンショック後、すべてを失った60代の女性ファーンが、キャンピングカー一台でアメリカ西部を渡り歩く。現代の「ノマド(放浪者)」として生きる人々の姿を通じて、資本主義社会の歪みと、その果てに見出す人間の尊厳と自由を静謐に描き出し、アカデミー賞作品賞ほか数々の賞に輝いた傑作です。
- 監督
- クロエ・ジャオ
- 年
- 2020
- 地域
- アメリカ
- 上映時間
- 107分
作品を読む
クロエ・ジャオ監督の『ノマドランド』(2020年)は、2008年の経済破綻後のアメリカで加速した「貧困の女性化」を、静謐かつ詩的な眼差しで捉えた作品です。ネバダ州の企業城下町で生計と住まいを失った60代の未亡人ファーン(フランシス・マクドーマンド)を軸に、本作は社会から「使い捨て」にされた人々のリアルを、過度な感傷や「不幸の搾取」に陥ることなく描き出しています。ドキュメンタリーとフィクションの境界を曖昧にするジャオ監督の手法により、主演のマクドーマンドはリンダ・メイやスワンキーといった実在のノマド(現代の放浪者)たちの輪に見事に溶け込んでいます。その結果、本作はアメリカン・ドリームの崩壊へのエレジー(哀歌)であると同時に、過酷な環境下で自立を貫く女性のレジリエンス(回復力)への力強い賛歌となりました。本作は、社会から不可視化されがちな高齢女性にとって、伝統的な「家」という空間がもはや機能しないとき、道(ロード)が新しい主体性を開拓する場になり得ることを示しています。
本作のフェミニズム的な最大の貢献は、「ホームレス」という概念の言語的な再定義にあります。「私はハウスレス(家がない)であって、ホームレス(家庭がない)ではない」というファーンの主張は、物理的な建造物としての家と、精神的な寄る辺としてのホームを切り離すものです。歴史的に女性の価値が家庭内の空間と結びつけられてきた世界において、ファーンが「ヴァンガード(先駆者)」と名付けたバンで暮らす選択は、彼女を裏切った社会システムからの知略的な撤退を意味します。Amazonの巨大な倉庫での梱包作業からビートの収穫まで、彼女の労働は一切の美化なく描かれます。衰えゆく女性の身体がそのまま「ギグ・エコノミー」の歯車として組み込まれ、社会保障の網から零れ落ちた人々から資本が価値を搾取していく構造が浮き彫りにされます。しかし、ファーンの尊厳は揺らぎません。彼女は妹の郊外的な暮らしへの誘いや、デイヴ(デヴィッド・ストラザーン)が提示するロマンチックな安定を拒み、地平線へと続く過酷で美しい孤独を選び取ります。
自然光とアメリカ西部の青みがかった壮大な風景を活かしたジャオ監督の美学は、ファーンという一人の人間を、悠久の地質学的な時間軸の中に配置します。このエコ・フェミニズム的な視点は、市場の失敗などというものは地球の永劫的な営みに比べれば一時的なものに過ぎないことを示唆しています。ノマドたちのコミュニティは、車の修理技術や医療知識、心のケアを分かち合う相互扶助のネットワーク、いわば「路上におけるシスターフッド(女性同士の連帯)」として機能しています。崩壊した国家のセーフティネットに代わり、この非公式な連帯が彼女たちを支えているのです。最終的に、『ノマドランド』は、社会の「歯車」であることを辞め、世界の「目撃者」へと変容していく魂の軌跡を描いています。何も持たないからこそ手に入る、剥き出しで危うい自由。本作は、すべてを失った後でも自分自身という存在だけで十分であることを見出した女性たちの、静かな勝利を語り継ぐ一作です。
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