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国家暴力 · 研究

ネクロビオパワー:誰が国民国家に生きられるのか

Necrobiopoder: Quem pode habitar o Estado-nação?

Bento はブラジルの生殖法、拘禁、警察文書を通じ、国家による生命の保護と死の生産のつながりを問う。

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研究ガイド

国家はなぜ、ある人々の生命を維持しながら、別の人々を組織的に死へとさらすことができるのか。Berenice Bento は、この二つを一緒に考えるために「ネクロビオパワー」を提案する。2018年に『Cadernos Pagu』の論議欄で発表された理論的論考であり、歴史と同時代の資料を選んで研究課題を発展させている。代表性のある新しいデータ調査でも、あらゆる暴力を一因に還元する議論でもない。

生の保護と破壊を同じ分析に置く

Bento は、主権者による殺害の権力が、近代の生命管理へと単純に交代するという時間的な物語に異議を唱える。ブラジル国家に焦点を当て、保護の配分と死の生産が相互に依存しうると考える。この関係を捉えると、個別の制度的不備から、誰の生が承認され、資源と法的保障を受けるかという組織化の問題へと視点が移る。

フェミニストの問いも、国家は配慮するのか暴力的なのかという二択では足りない。誰が人口の一員と想像され、誰が犠牲にできる者として統治されるのか。承認は好意的な態度だけではなく、法律、行政の日常、拘禁、生存条件へのアクセスに実体化する。ポルトガル語原文は、この国家を中心とする問いと、日常の社会関係に分散するすべての暴力の説明を区別している。

自由とされる子どもと奴隷化された母親

ブラジルの自由出生法を扱う部分では、生殖の権力が中心になる。Bento が検討する議会の議論では、子どもを法的に自由としながら、母親は奴隷の身分にとどめることが可能だった。身体的につながる母子に、全く異なる法的な未来が与えられる。人種化された生殖を見落とす人口管理論では、承認そのものがどう切り分けられるかを捉えられない。

さらに、期限の定まらない拘禁と、殺害を逮捕への抵抗として記述する警察文書が論じられる。これらは交換可能な例ではない。死は長期の剝奪によって生産されることもあれば、即時の遭遇を説明する公式の物語によって正当化されることもある。文書、制度、時間の過程を分けて追う方が、すべての苦痛を配慮の欠如と呼ぶより具体的である。

恐怖と保護をめぐる緊張

Bento は、集団の安全のために抑圧の拡大が必要だと見せる恐怖の政治にも注目する。誰の安全が約束され、どの身体が脅威とされ、防衛の名の下で何が許されるのか。この問いは論考を発展させるが、公共の安全を求めるすべての要求に同じ政治的意味があると証明するものではない。

著者は、この議論を進行中の研究課題として位置づける。選ばれた事例は概念をつくる手がかりだが、あらゆる制度や時期における各機制の重要度を、それだけで決定できない。歴史と拘禁を重視しても、女性やトランスの人々への対人暴力の固有の力学を消してはならず、個別の証拠が必要になる。

『Are Prisons Obsolete?』は、刑罰制度による社会的放棄を比較する道筋となる。Hirata のジェンダー・階級・人種論を合わせると、ケア労働の不均等な配分という別の制度領域へ進める。生命の維持と脆弱性の配分をどう組織するかを問う比較であり、ケア雇用と国家による殺害を同一視するものではない。

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