FemRes成長し続けるレビュー

人種とジェンダー · 研究

白人性の現象学

A Phenomenology of Whiteness

サラ・アーメッドは制度の習慣としての白人性を問い、自在に動ける身体と、説明を求められる身体の差を考える。

論文を読む
この資料を共有
X ↗Facebook ↗

01

研究ガイド

制度の中を自在に動く人がいる一方、現れるたびに注目され、出自を問われ、説明を求められる人もいる。サラ・アーメッドの2007年の「A Phenomenology of Whiteness」は、この非対称を個人の態度から世界の組織のされ方へ移して考える。白人性は肌の色だけを意味しない。特定の身体、能力、進路を当然に見せる、歴史の積み重なった背景である。どこから出発し、何に手が届くのかという現象学の問いが、制度的権力を問う方法になる。

居心地のよさには歴史がある

論文は書き物机や部屋という哲学におなじみの場面を読み直す。一人で落ち着いて書く条件は、目の前の物だけで成立せず、空間、労働、自由になる時間に支えられている。背景を見直せば、普遍的とされる主体も特定の歴史に支えられているとわかる。参加を増やすことは、同じ机に座れる人数だけでなく、その机と働き方が誰を基準にしているかに関わる。

資源を誰に配り、誰を採用し、誰をふさわしいと感じるか。反復される決定が制度の習慣を作る。似た人が入り続けると、その類似が制度の自然な姿として扱われる。排除を毎回公言しなくても、過去の選択は現在の順調さや障壁になりうる。人種主義を、特定個人の悪意だけに還元できなくなる。

可視性が批判を聞こえなくするとき

非白人の採用や昇進が、制度の白人性は克服されたという証拠にされる逆説もある。人種主義を指摘し続ければ、頑固さや感謝不足と解釈される。本人の存在は成功の証拠に使われても、その経験は知識として認められない。入ることと、基準を変えることは同じではない。

これは理論的解釈と状況に即した経験、高等教育の多様性実務への関心を結ぶ議論であり、あらゆる国に移植できる差別率を示すものではない。違和感を手がかりにしつつ、採用、資源、発言の規則を調べる必要がある。また白人性を独立して行為する実体にすれば、人が選び、変えられるはずの決定が見えなくなる。

誰でも来られるという制度は、一部の人にだけ話し方の調整や来歴の説明、客としての慎みを求めていないか。平等は扉を開くだけでなく、家具や議題を変え、沈黙の条件としての感謝を拒めることにも関わる。

コリンズの「内なる部外者」はアクセスと帰属を分ける別の道を示す。アッカーの組織論は中立的に見える職務が前提にする生活を分析する。人種とジェンダーを、名簿上の属性ではなく組織する過程として考えられる。

読者の声

研究をめぐる対話

この研究への応答や、共に読むべき論文を共有してください。

ディスカッションに参加

コメント

コメントを読み込み中...

サポート

このコンテンツがお役に立ちましたら

FemResを支援