母性 · 論考
平塚・山川・山田三女史に答う
与謝野晶子が母性保護論争で経済的自立を主張した1918年の文章。母性による女性の定義を拒む一方、自助論の限界も考えさせる。
記事解析
与謝野晶子は女性の経済的自立から母性保護を問い、家族制度とケアの分担をめぐる対立を浮かび上がらせる。 国家による母親への扶助は、出産やケアの公共的価値を認めるのか。それとも女性を母役割に固定するのか。与謝野晶子の応答は、母性保護論争のなかに位置する。初出は1918年11月の『太陽』であり、1919年の文集収録とは区別される。
自立を誰に求めるのか
晶子は女性を母性だけで定義することに反対し、自ら働いて生活を支える力を重視する。母性扶助を賃金、手当、軍事に関わる給付と並べ、国家が誰を、どの資格によって支えるかを問う。経済的依存は選択を狭め、出産を国家が養うべき女性の義務と位置づけることも、その依存を強めかねない。
これは平塚らいてう、山川菊栄、山田わかへの反論であり、論争参加者の共同声明ではない。国家への警戒、貧困の理解、母の労働の評価が、必ず同じ政策へつながるわけではないことを残して読む必要がある。
自立を貧困への道徳試験にしない
主張の強さは限界でもある。自活を中心に据えると、無償のケアが有償労働に使える時間を奪うことを過小評価し、稼げない事情を個人の欠点にしてしまうおそれがある。母性偏重を拒むことと、公的支援を拒むことは同じではない。妻や母であることを資格の代価にせず、選択を広げる支援が問われる。
先行する「私は母性を偏重する者ではない」は立場の連続性を示す。フレイザーの家族賃金以後の構想は、自立か扶助かという二択を越え、所得、ケア、有償労働の配置を考える手がかりになる。母親への賛美も自立への賛美も、生活条件の検討には代えられない。
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