
ラテンアメリカ・フェミニズム · 書物
ラテンアメリカにおけるジェンダーと国家の隠された歴史
原題Hidden Histories of Gender and the State in Latin America
ラテンアメリカのジェンダー、国家形成、市民権、家族、法、権力を扱う歴史論集。『ラテンアメリカにおけるジェンダーと国家の隠された歴史』は、国家とジェンダーを相互作用する二つの対象ではなく、互いを作る歴史過程として扱う。Elizabeth Dore と Maxine Molyneux が編んだ論考は植民地末期から20世紀末に及ぶ。
書評と読書案内
『ラテンアメリカにおけるジェンダーと国家の隠された歴史』は、国家とジェンダーを相互作用する二つの対象ではなく、互いを作る歴史過程として扱う。Elizabeth Dore と Maxine Molyneux が編んだ論考は植民地末期から20世紀末に及ぶ。法、戦争、市民儀礼、福祉、家族政策は既存の性差を管理するだけでなく、母、市民、労働者、政治主体を生産する。親族、性道徳、家事労働もまた国家権力が作動する基盤になる。
Dore は女性の地位が近代化とともに徐々に向上するという物語を疑う。植民地支配の終結、共和法、参政権拡大は単純な進歩の線を作らない。改革はある依存を終わらせながら、家族責任、財産、尊敬可能性を通じて家父長制を再編しうる。法的平等を終点とせず、誰が新しい権利を使え、その費用が婚姻と家庭を通して誰に戻されるかを問う。
Molyneux は自由主義、コーポラティズム、社会主義、新自由主義国家が女性を近代化に組み込む仕方を比較する。女性は独立市民になりうる一方、母、福祉の担い手、安価な開発労働力として組織される。「女性の利益」も自然に一つではない。眼前の実際的要求とジェンダー権力を変える長期的要求を区別すれば、国家資源の利用と国家による代表・規律への抵抗が共存する理由が見える。
本書は二つの理論的論考に続いて十二の地域研究を配し、枠組みを検討する。事例は抽象理論の注釈ではない。植民地支配の遺産、土地制度、紛争の歴史、運動の伝統によって国家権力の働き方は変わり、比較の枠組みも修正を迫られる。共通の問いを追いながら、ラテンアメリカの諸史を単一の進歩経路へ圧縮しないための構成である。
ボリビアの市民儀礼、戦時コロンビアの強姦、アルゼンチンの法的家父長制、ブラジル、コスタリカ、メキシコ、チリの異なる改革が議論を具体化する。国家は統一された意思ではなく、裁判所、軍、福祉機関、地方エリート、運動が争う場だ。女性は制度外から抵抗するだけでなく、その亀裂のなかで権利を交渉する。
個別事例を一つの地域物語へと平板化しないとき、論集の比較力が見えてくる。Jane Jaquette の書評は、先住民女性と共有地を扱う章が、私有財産を通じた近代化を問い直す点に注目する。進歩とされた改革が、共同の土地や関係に基づく権利を弱める場合があるからだ。コスタリカの家族法、奴隷女性が市民権の言葉を用いる事例、コロンビアの戦時性暴力、ニカラグアの土地と地方行政を扱う章も、それぞれ異なる制度の仕組みを示す。これらは単一の主張を繰り返す例ではなく、階級、民族、政治制度によって似た法的語彙が異なる結果を生むことを比較する素材である。
Jaquette の書評は方法論上の問いも提起する。植民地政権、共和国、福祉機関、地方行政を通じて、「国家」を同じ尺度として扱えるのだろうか。国別に事例を並べるだけでは、誰が規則を作り、どこで実施し、誰が権利を実際に使えるかが見えにくい。「国家」を裁判所、土地制度、行政機関、運動との関係へと分解することで、異なる歴史を自由主義的平等へ向かう一本の進歩線に押し込まずに比較できる。
2000年刊の本書は、地域、先住民、アフリカ系、クィア、トランス経験への配分が不均等で、公式史料への依存も記録を残せない人を隠しうる。それでも直線的進歩史への重要な解毒剤である。国家が女性の保護や解放を宣言するとき、同時にどんな家族、労働、市民の規範を再建し、その変化が誰へ権力を渡すのか。これが 読者に残る問いだ。憲法、裁判所、ジェンダー平等の制度史を広げるには、『ラテンアメリカの女性・ジェンダー・立憲主義』と読み合わせられる。資料:デューク大学出版局の書誌・目次と、Jane Jaquette による『Journal of Latin American Studies』の書評全文。
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