
軍事主義 · 書物
マヌーバーズ
原題Maneuvers
Cynthia Enloe が日常文化、軍事労働、家族関係をたどり、ジェンダーを通じて軍事化が当たり前になる仕組みを考察する。
書評と読書案内
シンシア・エンローの Maneuvers: The International Politics of Militarizing Women’s Lives は、軍事化を軍隊や戦場だけの問題として扱わず、日常文化にまで目を向ける。カリフォルニア大学出版局は、本書が軍事化をジェンダーに関わる個人的・政治的な変化として捉え、消費産業や身近な文化にもその価値観が入り込むと紹介している。戦争を行動と結び付ける映画、迷彩柄の商品、武器の形をしたスープのパスタなどが例として挙げられる。ある商品が軍事政策そのものだという意味ではない。なじみのある物が軍事的価値を楽しく、普通で、魅力的なものに見せ、明示的な命令なしに戦争文化への同意を準備しうる、という問いである。
目次はこの日常的な問いから、制度と親密な関係へ進む。洗濯婦と兵士と国家、性労働者と大佐とナショナリズム、兵士による性暴力、軍人との結婚、看護と「体面」の管理、さらに母親・兵士・フェミニスト・ファッションデザイナーの動員が並ぶ。目次だけで各章を読んだことにはならないが、この構成は本書が見る範囲を示す。軍事組織は武器と兵員だけでなく、洗濯、看護、家庭の維持、セクシュアリティの管理、兵役に社会的意味を与える仕事にも依存する。洗濯やケア、結婚を国際政治に含めるのは、私生活を戦争の比喩にするためではない。それらの関係が軍事制度や資源と実際にどこで接続するかをたどるためだ。
エンローは後年、トルコ南東部の読書会でトルコ語版 Maneuvers を話題にした際、参加者の一人が、軍のトラック運転手である夫の給料が自分たちの結婚を軍事化しているのではないかと考えたことを回想している。これは一度の読書会についての著者の回想であり、トルコの結婚一般を示す証拠ではない。それでも、本書の問いを具体化する。軍の仕事が収入と安定をもたらすとき、家庭はどのようにその仕事に依存するのか。その依存は、転居、ケア、将来をめぐる決定にどう影響するのか。妻をだまされた人、あるいは選択肢のない人として描く必要はない。どのような物質的条件のもとで、交渉し、利益を得て、異議を唱え、費用を負う余地があるのかを問うほうが有効だ。別のインタビューでエンローは、息子の入隊を認めることが「よい母親」だと説得される母親や、フットボール競技場の上空を飛ぶ爆撃機を例に、日常における軍事化を説明している。これは後年の概念説明であり、本書の特定の章からの引用や場面ではない。
この方法のフェミニスト的な価値は、「安全」を国家の軍事力の強さから、誰の生活がその安全を支えるよう組織されるのかへと問い直すことにある。軍人の妻、看護師、性労働者、労働者、女性兵士を互いに無関係な特殊事例として扱えば、ケア、感情、性、労働に共通して課される要求が見えにくくなる。出版社の紹介によれば、本書は軍当局や民間の支援者が各集団を互いに別個の存在だと感じさせる仕組みにも注目する。エンローの枠組みは女性を一枚岩の被害者として描くことを求めない。軍事化を進める人々だけでなく、抵抗する人々にも目を向ける。参加は自動的に自由な選択を意味せず、制約が主体性を消し去るわけでもない。選択肢がどうジェンダー化され、誰がそれを愛国的、立派、必要だと名付けるのかを調べる。
本書の国際的な視野は、各地の経験が同じだと証明するものではなく、関係を問うための地図として読むのがよい。広い「軍事化」という概念には、たどれる接続経路が必要だ。商品、家庭の取り決め、文化的イメージが軍事資源・制度・正当性とどうつながるのかを示さずに「軍事化」と呼べば、概念は識別力を失う。2000年刊の Maneuvers は後の状況を考える問いを与えるが、後年の技術、軍事契約、個別のコミュニティについての研究に代わるものではない。「スープ缶はどのように軍事化されるのか」という問いから始め、身近な安全を誰が提供し、それを維持する労働を誰が担い、どの代替案が排除されるのかへと問いを広げられる。
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