
女性の友情 · 書物
リラとわたし
原題L'amica geniale
1950年代のナポリを舞台に、レヌーとリラの友情、教育機会の格差、ジェンダー暴力を描く四部作の第一作。
書評と読書案内
エレナ・フェッランテの『リラとわたし』(L’amica geniale)は「ナポリの物語」四部作の第一作だが、二人の半世紀を描く作品ではない。物語は大人になったレヌーがリラの失踪を知らされる場面から始まり、1950年代のナポリの貧しい地区へ戻って、少女たちの子ども時代から思春期までを追う。第一作はリラの結婚式で幕を閉じる。この枠組みによって、小説は友情の肖像であると同時に、レヌーが自分から部分的に姿を消した人物の人生を書き直す、回顧的な語りにもなる。
二人の教育の違いは、才能が階級や家庭の資源を通してふるいにかけられることを示す。リラは鋭い知性を持つが、小学校以後の教育を続けることができない。一方、レヌーは学び続ける機会を得る。これは「天才少女」と「努力家」の単純な対比ではない。リラ自身もレヌーを優れた友人と見なしているからだ。一方の少女がより多くの制度的機会を得るとき、能力をどう測ればよいのか。もう一方が学校から排除されたとき、その知識はどのような形で生き続けるのか。教育はレヌーに外へ向かう道を開くが、階級やジェンダーからの魔法の脱出口ではない。
友情は二人が考えるための媒体である。会話や読書、互いに相手を見つめることが経験を言葉にする助けとなり、敬意と競争心は同じ親密さから育つ。レヌーはリラの思考の速さと力に嫉妬しながら、友人を自分の尺度とし、時にはその洞察から学ぶ。これは女性の友情を甘美に描く定型を改めるだけではない。大人の語り手の声が、物語を支配している点も重要だ。リラが「天才」であるのは、部分的にレヌーがそう見ているからである。友人の人生を書き残すことに込められた愛情と、彼女を解釈可能な存在にする権力の両方に注意を向けたい。
地域の暴力は、少女たちの選択から切り離された背景ではない。権力は家族内の権威、街頭の衝突、評判、そして金銭や移動の余地を握る男性を通じて作用する。女性の安全や将来がこうした具体的な関係の中で交渉される様子を描き、女性の運命を「二つの道しかない」という普遍的な規則に還元しない。第一作の終点であるリラの結婚式は、地域社会に安全と成功の証として公に示される。上昇移動の約束には現実味があるが、結婚は自由と同じではなく、本書もその後の人生を決着させない。
リラの smarginatura(物や人の輪郭が溶ける感覚)は診断ではなく、世界の秩序が不安定になる文学的な経験である。階級の境界やジェンダー化された暴力と並べて読むなら、地区の生活を組織する社会的分類そのものが脆いことを示す表現とも解釈できる。これは作品についての読みであり、リラへの臨床的説明ではない。
本作のフェミニズム的な力は、少女の知的生活、教育機会を配分する制度、移動を制限する暴力、そして支え合いながら不均衡でもある友情を一緒に描くところにある。レヌーがリラを書くことは、リラ自身が語ることと同じではない。小説は、友情が思考を可能にすることを大切にしながら、語り手の限界と、彼女が完全には知り得ない人生にも目を向けるよう促す。
結婚と自己決定を描くフェミニズム小説との比較として、マリリン・フレンチの『女たちの部屋』を併読できる。二作は異なる歴史から生まれ、互いの代わりにはならない。フェッランテの公式書誌は第一作の舞台と物語の範囲を示している。教育、友情、嫉妬については Hypatia の論考、女性の自由と smarginatura については別の論考を参照できる。
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