
アラブフェミニズム · 書物
イスラームにおける女性とジェンダー――現代論争の歴史的起源
原題Women and Gender in Islam: Historical Roots of a Modern Debate
レイラ・アーメッドはイスラーム史におけるジェンダー、法、宗教的権威の変化をたどり、植民地支配がヴェールと「女性問題」を政治的象徴にした過程を論じる。
書評と読書案内
1992年に初版が刊行されたレイラ・アーメッドの『Women and Gender in Islam』は、2021年にイェール大学出版局から再刊され、Kecia Aliによる新しい序文が加わった。本書は、ジェンダー秩序がどのようにして不変のものに見えるようになったのかを問う。イスラーム以前のメソポタミアと地中海東部から、イスラーム初期の言説、アッバース朝・中世社会、近代エジプトへと歴史をたどる。その核心は、「イスラーム」を女性のあり方について一つの固定した答えを出すものとして扱わず、特定の答えが権威を得るまでに働いた制度、社会変化、論争を追う方法にある。壮大な射程を持つが、すべてのムスリム社会が同じ道筋をたどったという主張ではない。
冒頭の章は、女性の従属を自然や生物学の必然とみなす説明に、歴史から異議を唱える。アーメッドは考古学・歴史資料を手がかりに、都市社会や初期国家の勃興がジェンダー階層の制度化に関わったと論じる。これは重要だが射程の広い歴史的主張で、あらゆる社会に当てはまる普遍法則として確立されたものではない。その意義は、家父長制はいつも同じ形だったという前提を揺さぶり、文書史料が偏って残るとき、女性の過去を歴史家がどう再構成できるのかを考えさせる点にある。
イスラームの興隆と創設期の言説を扱う章では、この問いがさらに具体化する。アーメッドは、女性を道徳的・精神的主体として呼びかけるクルアーンの倫理的な声と、男女間の階層を定める婚姻制度との緊張を指摘する。宗教聖典は本来解放的で、その後の歴史がそれを裏切ったと単純化するのでも、家父長制だけをイスラームの唯一の意味とするのでもない。問われるのは、倫理的な可能性と法・社会秩序がどう共存し、どの制度が特定の解釈により大きな権威を与えるかである。この区別は、宗教を擁護するか断罪するかという二択より難しいが、テキスト解釈、法、現実の社会関係を同時に考えさせる。
アッバース朝から中世を扱う章は、制度の問題を階級と史料の具体的な文脈に置く。アーメッドは、アッバース朝の記録において、上層・中産階級の女性が共同体の中心的な営みから次第に遠ざけられていく様子を描く一方、どの時代や地域を論じられるかは現存する研究と史料に左右されると示している。中世の概観は主にエジプト、トルコ、シリア、特にマムルーク朝・オスマン朝期に焦点を当てる。したがって本書は、均等ではない史料から編まれた歴史的系譜であり、すべてのムスリム女性の生活を網羅するものではない。法的言説や社会組織が女性の公共・共同体生活への参加をどう形づくるかを示す点に強みがあるが、階級、地域、時代を超えた一様な経験として読んではならない。
近代エジプトの章では、議論が植民地権力と正面から交わる。アーメッドは「女性問題」が文明の尺度となり、ヴェールが衣服以上の政治的意味を帯びる過程をたどる。1899年刊のカースィム・アミーン『女性の解放』をめぐっては、初等教育や一夫多妻制・離婚法の改革案が、イスラーム知識人の間ですでに似た議論があったにもかかわらず、なぜ激しい論争を引き起こしたのかを問う。争点は一人の著者の政策案だけではなく、誰が進歩を定義し、誰が女性の生活を規制する権限を持つかにあった。英国植民地官僚は政治的平等を欠く帝国を統治しながらヴェールを非難できたし、ナショナリストの男性は文化的自立を掲げながら女性を規制し続けることができた。植民地フェミニズムの分析が示すのは二重の動きである。帝国は女性を救う側に立つ一方、その救済の物語によって、自らの支配を見えにくくする。
「ヴェールをめぐる言説」という視点は、現在の短絡的な判断を避ける助けになる。Harvard Islamicaの対談でKecia Aliは、ヴェールが地位、権力、植民地支配、抵抗を結びつける政治的な言語になったと説明している。アーメッドも結論で、20世紀後半のヴェール再興を不変の慣習とも、抑圧か自由かを一目で示す記号ともみなさず、植民地言説がすでに与えていた地政学的意味との関係で考える。これは、ヴェールを着ける女性の動機が一つだという意味ではない。誰が、どの政治状況でその衣服を解釈し、その解釈がどんな権力行使を正当化するのかを問うということだ。フェミニズムの分析対象は衣服だけではなく、それを社会全体の象徴にする権限をめぐる争いである。
2021年版の新しい序文は、本書を最終結論として固定せず、歴史のなかに位置づける手がかりにもなる。Aliは本書を、女性とジェンダーをイスラーム史から消し去りにくくした1990年代初頭の研究潮流の一部として捉え、後続の史料研究や民族誌が、アーメッドの広範な総合研究では概略にとどまったテーマを発展させたとも述べる。この限界は生産的である。本書は長い時間幅を扱う一方、近代の政治分析ではエジプトに重点を置き、1992年の初版以後に多様な共同体・言語・方法で行われた研究には及ばない。今日も読まれる理由は網羅性ではなく、植民地権力、ナショナリズム、宗教解釈、階級、ジェンダーが、何を「真正な伝統」と見なすかをどう決めるのかという問いにある。
まずは歴史的な枠組みとして読み、そこからより具体的な研究へ進むとよい。リラ・アブ=ルゴドの『ムスリム女性は救済を必要としているのか?』は、救済の物語を9.11後の軍事・人道政策から考え、ミリアム・クックの『Women Claim Islam』は女性作家が文学を通じて行うイスラーム・フェミニズムの介入を扱う。二冊はアーメッドの問いの異なる側面を発展させるのであり、同じ主張をそのまま確認するものではない。併読すれば、思想と制度の歴史的系譜と、女性が多様な状況のなかで宗教的伝統を解釈し、異議を唱え、生きる実践とを区別して考えられる。
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