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フェミニスト経済学 · 研究

フェミニズム、資本主義、歴史の狡知

Feminism, Capitalism and the Cunning of History

フレイザーは家族賃金、共働き、小口融資を手がかりに、女性解放の言葉が新自由主義の正当化へ転用される過程を問う。

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研究ガイド

女性の有償労働への参加は、男性稼ぎ主の権威を揺さぶる。同時に、それは各世帯がもっと働くべきだという要求の根拠にもなりうる。ナンシー・フレイザーの2009年の論考は、批判が広く受け入れられる過程で、その政治的意味がどう変わるかを問う。残される要求と切り離される要求は何か。誰がそれらを組み替えるのか。第二波フェミニズムと資本主義の関係を解釈する歴史的議論であり、因果効果を推定する実証研究ではない。

出版社のスペイン語版全文では、家族賃金が重要な結節点になる。男性の賃金で妻子を養い、女性の収入は補助とする理想は、多くの世帯の実態に合わなくても規範として働いた。何を報酬に値する労働とするか、誰が家庭を代表するか、誰が無償ケアを引き受けるかを方向づける。この理想への批判は、妻も稼げば済む話ではなく、労働の評価と家庭内の権威に及ぶ。

批判が別の制度に組み込まれるとき

フレイザーは再分配、承認、代表を結びつける。資源配分、社会的価値の付与、政治的要求を提出する力は切り離せない。ところが文化的承認が政治経済批判から離れると、女性像が多様になる一方で公共的保障が縮小し、所得、労働時間、ケア責任の再編は問われなくなるおそれがある。

共働き世帯はその緊張を具体化する。女性を雇用から排除しないことは自由を広げる。しかし低賃金や不安定雇用のもとで生活水準を保つために世帯全体の労働時間が増えるなら、二つの賃金だけでは平等を証明できない。従来の依存が減ったのか、それとも生活を支える費用の負担先が変わっただけなのかが問題になる。

小口融資も検討の場になる。フレイザーは、自助、草の根参加、女性のエンパワーメントを掲げる事業と、国家による構造的な貧困対策の後退が並行することを問う。借入金には実際の用途があっても、公的責任の代わりにはならない。返済率の高さだけで十分な支援があるとはいえない。批判の対象はこの制度的な組合せであり、借り手の能動性やあらゆる融資の価値を否定することではない。

ただし第二波フェミニズム全体を語る尺度には議論の余地がある。地域、階級、運動の対立が圧縮されかねないからだ。言葉が取り込まれたことは、フェミニズムが新自由主義を引き起こしたことを意味しない。承認政治を階級政治に従属させる結論にも直結しない。金融危機後の転換への期待も、2009年当時の政治的展望として読む必要がある。

今日への応用としては、エンパワーメントの約束がもたらす制度的帰結をたどれる。誰が所得と実質的な支配力を得るか、誰の仕事が増えるか、誰が公共的支援を要求できるか。これは論考から導く読み方であり、著者が全政策に通用すると実証した結果ではない。就労と自立を大切にしつつ、それを持続可能にする条件を問う方法である。

後年の資本とケアの矛盾と合わせれば、市場が依存しながら弱体化させる社会的再生産を追究できる。カビールのエンパワーメントの測定論は、資源の保有、実効的な管理、意味ある選択肢を区別し、評価の具体的な問いへつなげる。

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