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ナイラと蜂起

アラブフェミニズム · 映画

ナイラと蜂起

原題Naila and the Uprising

ジュリア・バシャの記録映画は、第一次インティファーダを支えた女性たちのケアと地下活動から、運動での指導力が政治的代表権につながるとは限らない理由を問う。

監督
Julia Bacha
年
2017
地域
パレスチナ / アメリカ
上映時間
76分 · 製作側の長編版は76分で、別に54分のテレビ版がある。IDFAの記載は75分。主な対話言語はアラビア語で、ヘブライ語と英語も含む。
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女性たちは運動を持続させながら、その先を決める場から排除されることがある。ジュリア・バシャ監督の2017年の記録映画『ナイラと蜂起』(Naila and the Uprising)は、この矛盾を第一次インティファーダの歴史に位置づける。ナイラ・アイーシュの経験を軸に、地下活動の組織者、家族、報道関係者を結び、民族解放とジェンダー平等が同時に求められながら、別々の優先順位へと並べ直される過程を考えさせる。

ナイラは、人との関係を離れて勇気だけで歴史を動かす孤独な英雄ではない。拘禁、妊娠、流産、その後の息子マジドの子育て、夫の追放が、身体と家族と活動を結びつけている。これらは公的な政治に感情的背景を添えるだけの出来事ではない。外に出ること、情報を運ぶこと、子どもの世話をすること、活動を続けることは、日常が権力によってどう組織されるかに左右される。

パンと学校と診療所が政治を支える

製作側の作品紹介には、パンに隠して運ぶビラと、女性たちが担う教育、医療、生活物資の供給が登場する。台所を離れて初めてビラが政治的になるのではない。女性の家事をめぐる慣習的な見方そのものが、秘密の連絡経路を可能にする。性別役割による見られ方や見過ごされ方を利用することは、その役割を永遠の限界として受け入れることとは異なる。

臨時の学校や診療所は、抵抗を街頭デモの瞬間より長く続くものにする。教育や医療が中断されれば、場所を確保し、伝言を運び、食物や知識を必要な人に届ける仕組みが必要になる。映画はここから、指導力を測る尺度を変える。運動を動かしているのは、公の場で発言する人や正式な名簿に載る人だけではない。

ただし、ケアを政治的労働として認めることが、女性の天職への再指定になってはならない。世話の上手さや自己犠牲だけを称えれば、同じ分業が温存されかねない。必要なのは、その仕事をする人が運動の目標、資源、代表者も決定できるかという問いである。感謝されることと決定権を持つことは同じではない。

アニメーションは欠落を見せる

本作は現在のインタビュー、過去の映像、家族の記録、アニメーションを組み合わせる。バシャは監督インタビューで、秘密活動が撮影されにくいことに加え、報道カメラが男性に向きやすいことを指摘する。アーカイブの不完全さは、後で何かが失われた結果だけではない。そもそも何が撮る価値のある行動と見なされたかにも由来する。映像がないことを、出来事がなかったことに置き換えてはならない。

アニメーションは、この記録の条件に応答する。カメラのない場所での身体経験を語りに取り込める一方、それは後から作られた視覚表現であり、新しく発見された現場映像ではない。この区別によって、記録映画の仕事がよく見える。証言に耳を傾け、私的な記憶と公的資料を結び、直接の視覚的証拠を装うことなく理解を助ける仕事である。

母とマジドの関係は、記憶を次の世代へ渡す回路にもなる。幼いころその場にいたからといって、成長後に出来事を自動的に知っているわけではない。家族の歴史にも語り、問い、関係の結び直しが必要になる。ただし、親密さが歴史を伝える場になることと、女性の政治的資格が母であることや息子の理解によって決まることは別である。

活動の指導力と制度の代表権の間

活動の中で得た指導力は、なぜ制度内の代表権に直結しないのか。女性のネットワークがボイコット、供給、連絡を組織していても、交渉と権力の再編では別の人々だけが正当な発言者とされうる。問題は、女性が参加したかどうかだけではない。何を参加と呼び、どの経験を決定権に換えられるかを、誰が定めるのかにある。

ここでは時系列の区別も欠かせない。1991年のマドリード交渉の代表団には女性が参加しており、「すべての交渉に女性はいなかった」と一括することはできない。本作と討議ガイドが批判する重要な転機は、1993年の秘密裏のオスロ交渉である。異なる過程を分けることで、草の根の組織者が迂回された具体的な仕組みを考えられる。

この区別は「まず民族解放、その後に女性解放」という約束を問い直す。平等がいつも未来に先送りされれば、すでに女性が築いた活動能力は、非常時だけに認められた例外として扱われてしまう。占領と内部の家父長制を同一の権力と見なす必要はない。どちらも、もう一方への抵抗を黙らせる理由にしてはならないということだ。

承認の条件を完璧な英雄にしない

映画は非暴力の組織活動に焦点を当てるが、それは第一次インティファーダのすべての行動が非暴力だったという意味ではない。この焦点化は観客にも問いを返す。女性が政治的主体として認められるには、勇敢で、献身的で、道徳的に非の打ち所がない人物でなければならないのか。隠されてきた歴史の回復が、別の「良い女性」の資格審査になってはならない。

『サンビザンガ』は、違いを保った比較になる。サラ・マルドロールの1972年の劇映画は、逮捕された夫を捜すマリアの移動、子育て、情報収集を植民地支配の下に描く。本作ではパレスチナの女性組織者が自分たちの行動を語る。1961年のアンゴラを舞台とするフィクションと、1987年前後のパレスチナの記録は互いの史実を証明しないが、生活を支える人が政治を決められるかという問いを共有する。

『3000ナイツ』と併せると、投獄と母であることにも異なる語り方が見える。ラヤルは複数の経験から構成された架空の人物であり、ナイラは本人の証言を通して現れる。二人を一つの物語にしてはならない。比較によって、ケアが拘禁権力に利用される時、集団行動を支える時、私的な犠牲を超えて公的な意味を獲得する条件を問うことができる。

ペドロ・レメベルの『私の違いを語る』は、1986年のチリ左派の集会で、革命の未来が非異性愛の欲望や女性的な声を受け入れられるかを問う。パレスチナの女性組織者とチリのクィアな男性を一つの主体にする比較でも、両作の直接的な関係を示すものでもない。参加、活動の維持、決定権を区別しながら、共通の解放がかえって自己の一部を隠すよう求める条件を考えられる。

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