性別分業 · 研究
手・道具・武器
Les Mains, les outils, les armes
パオラ・タベは道具への不平等なアクセスから、性別分業、技術的権威、依存関係の形成を問い直す。
研究ガイド
互いに補い合う分業と説明されても、働くための条件が平等とは限らない。パオラ・タベの1979年の論文「Les Mains, les outils, les armes」は、男女がどの道具を使え、それを誰が製作し、管理するのかを問う。民族誌の比較を通じ、現にある分業を身体差の自然な帰結とみなす説明に異議を唱える。技術は効率を高める物であると同時に、他者への依存を組織する条件にもなる。
同じ活動への参加と、同じ権限
集団狩猟の記述には、女性が獲物を追い立て、囲い込み、男性が殺傷のための武器を扱う事例がある。狩猟を男性の仕事と分類すれば、女性の参加は消える。しかし、単に男女の協力と呼ぶだけでも、装備と決定的な操作が不均等に配分されていることは見えなくなる。活動の名称より、その内部で仕事、道具、権限がどう結びついているかが重要になる。
農業や手工業についても、女性が多くの労働を担うことと、主要な器具や専門家としての地位を得ることは一致しない。45頁では、鍛冶職人の妻がふいごを動かしたり、陶工の妻が粘土を準備したりする配置が論じられる。長く生産に参加しても、独立した職人になる道が開かれるとは限らない。何を補助作業と呼び、何を技術と認めるか自体が、検討すべき配分の問題である。
効率を支える時間は誰のものか
複雑な設備の導入で生産性が上がっても、その管理が独占されていれば、設備を使えない人の仕事は時間と忍耐に依存したままかもしれない。長時間働く理由を、反復作業への生来の適性に求める前に、労働を節約する手段が誰に開かれているかを見る必要がある。
現代の職場にこの問いを延ばすなら、研修、ソフトウェアの権限、設備予算、昇進資格を一緒に調べられる。ただし、それは分析の応用であり、タベが現在の企業を実証調査したという意味ではない。不可欠な仕事をしていることと、生産を管理して専門性を主張できることの隔たりを問うのである。
比較に用いられる民族誌にも歴史がある。誰が労働を記録し、どの女性の知識が記録からこぼれ、植民地関係が道具と権威をどう変えたのかを検討したい。自然化された説明への批判は、異なる先住民族社会を一つの不変な制度へまとめることではない。
ギヨマンの女性の領有論は道具の管理を身体と労働時間の支配へつなげ、アッカーのジェンダー化された組織論は職務と評価基準を問う。努力を求める前に、その手段と成果を誰が管理するのかを考える読み合わせになる。
別の形式で読み進める
特集をたどる
読者の声
研究をめぐる対話
この研究への応答や、共に読むべき論文を共有してください。
ディスカッションに参加
コメントを読み込み中...
サポート
このコンテンツがお役に立ちましたら