
ラテンアメリカ・フェミニズム · 書物
ラテンアメリカのラディカルな女性たち:左派と右派
原題Radical Women in Latin America: Left and Right
ラテンアメリカ六か国の左右両陣営における女性の政治参加を比較し、行為主体性と異なる政治目的の関係を問う論集。
書評と読書案内
ヴィクトリア・ゴンサレス=リベラとカレン・カンプワース編のRadical Women in Latin America: Left and Rightは、女性の政治参加を左派と右派の両方から比較する。戦闘的な政治は男性の領域だ、女性が政治に参加すれば必ず進歩的な結果になる――そうした二つの思い込みを問い直す試みだ。ペンシルベニア州立大学出版局によれば、収録論文はニカラグア、エルサルバドル、グアテマラ、アルゼンチン、ブラジル、チリを扱い、母性をめぐる政治、フェミニズム、自律性、異なる政治陣営を越える連携などを論点としている(出版社の紹介と書誌情報)。左右を並べることは、政治目的や帰結が同じだという意味ではない。女性が何を担い、その参加がどの政治的目的に結びつき、ジェンダーが行動の条件をどう形づくるかを問う比較である。
公開目次には、ニカラグアのソモサ派女性と右派政治、サンディニスタとコントラの武装闘争に加わった女性、左派・右派・急進的フェミニストの女性たちによる連携、エルサルバドルにおける母性・親役割をめぐる議論、ピノチェト期チリの保守派動員などが並ぶ(出版社の紹介;公開目次)。編者の問題設定に沿って読むなら、参加の条件――誰が戦略を決めるのか、どの労働が政治活動として認められるのか、戦闘員・母・信徒・支援者といった役割を越えて女性自身が議題を定められるのか――に注目したい。
政治的な行為主体性を認めることは、その運動の目的を肯定することではない。女性は組織運営の経験や人脈、公的な発言力を得る一方、運動自体は階層や権威主義を支えることもある。その主体性を認めても、運動が他者にもたらす害は薄まらない。女性主義的な視点からは、母性の義務、体面、犠牲、家事労働が参加の条件をどう形づくり、誰が運動の目的を決めるのかを問う。
2001年刊の本書は特定の時代と地域を扱う論集で、ラテンアメリカの女性政治を網羅するものではない。後年の『オックスフォード・ラテンアメリカ社会学ハンドブック』は地域内部の多様性を強調し、先住民、アフロ系、レズビアン、トランスジェンダーの運動が女性運動の包摂性に問いを投げかけてきたと論じる(地域をめぐる背景)。この地域的な文脈は、六か国の事例をあらゆる女性の政治経験とみなさないために重要だ。革命参加とその後を比較するならThe Revolution Question、より広い組織化と民主化の歴史をたどるならWomen’s Activism in Latin America and the Caribbeanをあわせて読める。本書の範囲と事例は、Penn State University Press の紹介と公開目次に基づく。これは補完的な読書案内で、影響関係を示すものではない。
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