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家事労働 · 研究

長期育児休業を取得した男性の性役割観の発達プロセス

長期育児休業を取得した男性の性役割観の発達プロセス―デュアルキャリアカップルに着目して―

筒井健太郎は日本の男性9名への面接から、長期育休、職場の期待、配偶者との交渉が性役割観をどう変え、従来の男性役割観がなぜ残るかを考察する。

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研究ガイド

男性が長期の育児休業を取ることは、父親は仕事を優先すべきだという期待からの明確な離脱である。では、家庭の責任を誰が担うかも変わるのだろうか。筒井健太郎の本稿は、デュアルキャリアカップルの男性が性役割観を形成する過程を検討する。注目したいのは、ケアへの関与が深まっても、従来の男性的な達成の理想は残りうるという緊張だ。育休は交渉の過程を開くが、その完了を証明するものではない。

リクルートワークス研究所が2023年12月に発行した本稿は、配偶者、子ども、同僚などの重要な他者との関係が、男性の自己理解をどう変えるかを問う。査読付き学術誌論文や育休政策の効果を推定する実験ではなく、質的な研究報告である。アイデンティティの変化をめぐる語りは、全国の取得率や家庭内の労働時間配分の測定とは区別して読む必要がある。

育休を振り返る9名の男性

原文では、1か月以上の育休を取得した男性9名に、2023年8〜9月、オンラインの半構造化面接を行ったと説明される。全員の配偶者がフルタイムで働いており、対象者は著者の知人やその紹介を通じて募集された。日本の父親を代表する標本ではない。デュアルキャリアとは、双方が自律的にキャリアを形成し、仕事と家庭生活の充実を目指すことに着目した条件であり、あらゆる就業・ケアの組み合わせを含むわけではない。

分析には修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ、M-GTAを用い、語りから概念とその関係を組み立て、過程のモデルを描く。面接は過去の判断とその後の変化を振り返るもので、育休の前・最中・後に繰り返し観察した調査ではない。著者は、同世代で似た育児経験を持つことも面接関係の特徴として記す。語りは具体的な関係の中で作られるものであり、夫婦生活の全経過をそのまま映す記録ではない。

育児に積極的でも、仕事優先は残る

本稿の語りは、古い稼ぎ手型の男性と、新しいケアを担う男性という二分法を複雑にする。当初から育児を分担したいと考えていても、仕事上の競争、昇進、耐える力を自己価値の基準にすることはある。組織の期待もそれを再生産する。常に対応できることや、体調が悪くても働くことが熱意の証になる職場では、制度上は育休が取れても、仕事を減らすことが敗北に感じられうる。

変化は職場を離れる時間だけから生じるのではない。本稿は、家事分担をめぐる対立、配偶者の心身の不調やキャリアの停滞を追う。ある男性は、妻が育休後に職務上の等級を下げられた経験を語る。家庭を維持するという理想が、一方による負担の引き受けに支えられている可能性が見える。ただし、それは夫の語りであり、妻の経験全体や雇用主の判断を独立に確かめたものではない。

ここから問えるのは、父親の成長物語において、従来の分担では続かないと気づくまでの代償を誰が負ったかである。妻の疲弊を、男性が発達するために必要な教材にしてはならない。その後ケアに積極的になっても、負担、先回りして担う責任、決定権まで等しくなったとは言えない。気づきと同時に、他者の犠牲を当然とする条件そのものを変える必要がある。

別の働き方を交渉できるのは誰か

本稿では、職場の外のロールモデル、援助を求めること、蓄積したキャリア資産、別の仕事を得られるという見通しが、方向転換を可能にする資源として現れる。一部の男性は雇用主や昇進との関係を捉え直す。これらの具体性は、変化を個人の道徳的決断だけに還元させない。交渉力や退出の選択肢がある人と、収入や雇用の不安定化を引き受けられない人では、選べるものが異なる。

実績を根拠に柔軟な勤務を交渉することは、個人には有効でも、構造的な問いを残す。持続可能なケアのある生活を得るには、まず例外的に有能だと証明しなければならないのか。本稿はその政策的な答えを出すものではない。しかし、模範的な父親の選択だけを称えると、それを可能にした組織的条件を見失うことが分かる。ケアへの関与と従来の男性役割観の一部は、転換の前後に分かれるのではなく、併存しうる。

著者自身、回顧による記憶の再構成、限られたライフステージ、対象をデュアルキャリアに絞ったことを限界として挙げ、縦断的・比較的研究を求める。キャリアの変化も追跡が必要だ。9名の語りから変化の頻度や持続性、他世代や別の就業形態との差を確定することはできない。モデルは過程を調べる手がかりであり、すべての父親が通る普遍的な道筋ではない。

フランスの家事・育児時間研究と併読すると、責任の変化を人々がどう説明するかと、実際にどれだけの労働時間を記録したかを分けて考えられる。時間日記がこの日本の9世帯の観察を補うわけでも、面接がフランスの人口全体の傾向を説明するわけでもない。父親の参加が増えたとき、責任が移ったのか、それを語る言葉が変わったのか。異なる方法を並べることで、その問いを具体化できる。

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