
障害正義 · 書物
障害者の未来
原題The Future Is Disabled: Prophecies, Love Notes and Mourning Songs
Leah Lakshmi Piepzna-Samarasinha は、相互扶助、喪失、気候危機、障害者の芸術を通して、障害正義が形づくる共同の未来を考える。
書評と読書案内
『The Future Is Disabled』は、パンデミックによる隔離が続いた二年間に書かれた。リア・ラクシュミ・ピエプズナ=サマラシンハは、予言、ラブレター、悼む歌、組織活動の振り返り、生存のための実践を織り交ぜ、障害のあるクィア/トランスの黒人、先住民、有色人種の人々にとりわけ語りかける。大量死や医療からの見捨てを記録しながら、障害者を絶望の象徴にはしない。題名は将来の障害者人口を予測する言葉でも、障害を危機の比喩にする言葉でもない。障害者の知識、リーダーシップ、生き方が未来を形づくるとき、共同生活はどう変わるのかという政治的な問いである。
第一部「終末期の障害正義」は、障害者同士の相互扶助と日常的な相互依存から、集団での喪、気候危機を生き抜く実践、抵抗、共同の夢へと進む。Rebel Sidney Fayola Black Burnett による相互扶助の「ポッド・マッピング」は、困ったときに実際に頼れる人々のつながりそのものを考える。著者は障害者を超人的な生存者として描かない。相互扶助は命を救いうる一方、疲弊を招き、負担が偏り、資源も足りない。公的サービスを無期限に代替するものではなく、病気や障害、生活の不安定さをすでに抱える人に新たな責任を課すものでもない。インタビューで著者は、障害者の知恵を集団の生存と共有されたリーダーシップの資源として語る。それは、障害者が他の人々を救う責任を負うという意味ではない。
第二部は障害正義の芸術へ移る。創作は文化的な付け足しではなく、記憶を残し、自由を想像し、アクセスを組織する方法として扱われる。目次には、障害正義の芸術実践をめぐる問い、自閉スペクトラムの詩的形式、アクセス要望書の見本、そして著者のブックツアーを組織する側の責任を考える章がある。『Wordgathering』の書評は、著者が紹介する Sins Invalid の公演を具体例として取り上げる。休憩のための余裕、感覚を休める空間、字幕、手話通訳、音声解説、選べる座席、障害者が共につくる喜びが、公演の設計に組み込まれていたという。これは書評者による本書内の事例紹介であり、公演への独自調査でも、どの会場にも適用できる点検表でもない。アクセスの設計が、誰に参加の余地を与え、誰を表現者・観客・共同制作者として認めるかを変えることを示す。
第三部は、信頼、葛藤、家庭、記憶、喜びという親密な尺度から未来を考える。「障害者の秘密」や障害正義のグループ運営の現実から、障害者の家を組織活動の場として捉える章、Stacey Park Milbern へのオナーソング、「障害者の奔放な喜び」へと続く構成は、障害のある生活を個人的な悲劇に閉じ込める見方と、障害正義を危機時の緊急支援だけに縮める見方の両方に抗う。喜び、芸術、休息、喪、相互依存も政治の一部である。ただし、コミュニティが自動的に安全になるわけではない。秘密や集団運営を扱うことは、非公式なネットワークに健常者中心主義、虐待、偏った労働負担がないという証明ではない。活動に意義があるからといって、障害者の組織者に無償で終わりのないケアを求めるべきでもない。
親密でエッセイ的な形式は、本書の強みであると同時に射程を定めてもいる。普遍的な政策案や障害法制の体系的な歴史ではなく、特定の経験に根ざした知識と実践の試みを提示する。全体像は出版社の紹介とWellcome Collection の全目次をもとに整理し、著者インタビューで公的な語りを確認した。公演の章に関する具体的な記述は『Wordgathering』の書評に基づく。障害法制史や比較政策を求める読者には別の資料が必要であり、本書のQTBIPOC運動の文脈を北米の歴史から切り離して他地域へそのまま移すこともできない。ケアのネットワークと集団的アクセスをより実践的に考えるなら、著者の先行作Care Work: Dreaming Disability Justiceと読み比べたい。両書は、見捨てられた状況をどう生き抜くかだけでなく、ケアを周縁化された人々への隠れた義務にせず、アクセス、労働、喜びをどう分かち合うかを問う。
別の形式で読み進める
- 記事
ディスアビリティ・ジャスティスの十原則
Sins Invalid
Sins Invalid は、交差性、最も影響を受ける人々のリーダーシップ、反資本主義、運動横断的組織化、相互依存、集団的アクセス、集団的解放などを disability justice の原則として示す。
障害正義 · クィア理論 - 論文
シティズンシップを捉え直す:政治活動家としての母親たちの挑戦
ケリーン・ライガー
政治活動家としての母がいかに伝統的な市民権の概念に挑戦するかを探求する。ライガーはオーストラリアの出産改革運動における母の活動を検証し、医療政策への参加を求める母たちの主張が、ケア、身体化、コミュニティの擁護を含むように市民権を再構想すると論じる。
ケア倫理 · 身体の政治
特集をたどる
読者の声
読者ノート
読後の考えや、さらに追いたい手がかりを共有してください。
ディスカッションに参加
コメントを読み込み中...
サポート
このコンテンツがお役に立ちましたら



