
ラテンアメリカ・フェミニズム · 書物
ラテンアメリカの女性・ジェンダー・立憲主義
原題Women, Gender, and Constitutionalism in Latin America
ラテンアメリカ11法域の憲法とジェンダーの権利を比較し、法的な革新と司法判断・制度運用の限界を検討する。
書評と読書案内
『ラテンアメリカにおける女性、ジェンダー、そして立憲主義』は、憲法設計、立法、司法実務が、11の法域における女性およびLGBTQIA+の人々の従属問題にどのように対処してきたかを比較している。収録されている各国の事例研究は、コスタリカ、コロンビア、エクアドル、ボリビアから、ブラジル、メキシコ、ペルー、チリ、プエルトリコ、アルゼンチン、ウルグアイまで幅広く扱っている。進歩的な憲法上の文言を自動的に効力を持つものとみなすのではなく、寄稿者たちは、法理論を政治史、フェミニストおよびクィアの運動、植民地時代の遺産、制度的能力、政策をめぐる対立の文脈の中に位置づけている。その結果、地域における革新と適用の不均衡を示す地図が描かれている。
この巻の中心的なフェミニスト的問いは、立憲主義が、市民として平等な公共の領域と、家族の階層や異性愛的規範に支配された私的領域という古い分断を解体できるかどうかという点である。裁判所や憲法は、平等、生殖の自律、同性愛関係、暴力からの保護を認める場合があっても、実際にはそれらの権利を制限する省略や曖昧な理論を維持することがある。比較を行うことで、単一の画期的判決では見えにくいパターンが明らかになる。つまり、どの運動が憲法上の言語にアクセスできるか、誰の被害が権利請求となるか、そして形式的な勝利が行政制度、経済的不平等、政治的反動とどのように相互作用するかである。
各国の章は比較方法を具体化する。ボリビア章はジェンダーと交差性から立憲主義を捉え、ブラジル章は最高裁による権利拡張と両義的な論理・重要な欠落を並べ、ペルー章は異性愛・シスジェンダー規範を検討する。プエルトリコ章では植民地主義が憲法分析の中心に置かれる。各国を後進から進歩へ向かう一列に並べるのではなく、誰が経験を法的主張へ翻訳できるのか、誰が保護の外に残るのかを問う構成である。
11の法域を扱うからといって、単一の「ラテンアメリカ型」があるわけではない。似た平等の約束も、政治史、社会運動、裁判所、行政能力を通じて異なる権利実践へと形を変える。憲法の文言と実施条件を並べて読むことで、判決が制度への入口を開くことはあっても、資源配分や家族内の権力、公共サービスを単独で変えられない理由も見えてくる。
本書の比較は憲法条文を並べるだけでなく、憲法設計、立法、司法実務を、それぞれの政治史、社会運動、制度的能力の中に置く。そのため、しばしば混同される三つの問いを分けて考えられる。権利が法規範に書かれているか、当事者が裁判所に主張を届けられるか、判決後に行政が実際の保護を提供するかである。法的勝利は新たな主張の場を開けても、サービス、資源配分、執行への政治的意思を自動的に変えるわけではない。逆に、実施が不十分でも、憲法の言葉が運動にとって無意味になるわけではない。
公的領域と私的領域の古い分割も、各事例を貫いている。家族を公的責任が及ばない私的空間とみなせば、暴力やケアの不平等を市民権の問題として扱いにくくなる。法が抽象的で均質な市民だけを認めれば、生殖の自律、同性同士の親密な関係、暴力からの保護も狭く解釈されうる。憲法は平等を求める道具であると同時に、誰を権利主体として認めるかを定める場でもある。法の変化をフェミニストやクィアの運動史と合わせて読むことは、判決を政治的対立から切り離された贈り物と誤解しないために重要である。
本書は専門家による法律論文集であり、ラテンアメリカ・フェミニズムの通史ではない。法的カテゴリーは、先住民、アフロ系、農村、移民、障害者、貧困層、クィア、トランスのコミュニティの経験を代弁できない。憲法も変化するため、2024年までの調査を現行法の案内として扱うべきではない。本書の貢献は、法的可能性を生む運動、それを実現する制度、憲法秩序が誰を守るのかをめぐる継続的な政治闘争を比較する方法にある。社会運動の視点を補うには、ラテンアメリカの女性と社会運動も参照したい。目次・書誌情報はRoutledgeで確認できる。
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